※これは事実を元にしたフィクションです。登場する個人名・団体名などはすべて架空のものなのでご留意ください。
二度のすり替えにより、私が彼女に配ったカードはスペードのエースとハートのエース、つまりは異色のペアである。
多少のアクシデントが発生したものの、勝利条件は難なく満たせた。
そう、思っていたのだが。
「やるね……」
彼女は無表情のままそう言った。
「あの、私にも見えるように、カードを表にしてくれませんかね?」
勝ちが確定していることを知りながらも、私は素知らぬ顔を装って開示を促す。
「悪くない」
口だけを動かし、彼女は固まっていた。
「予測の一歩上をいかれたというか、してやられたというか。まいったねどうにも」
なにやら視線の焦点も定まっていないように見える。
「負け惜しみですか? さぁ、早く結果を見せてください」
「あぁそうだな。ところで――」
彼女はまず一枚、カードを表にした。
スペードのエースがテーブルに置かれる。
「同色でも異色でもない、エース同士のペアが成立しない場合はどうなる。引き分けか?」
一瞬彼女が何を言っているか分からなかった。
「何を言ってるんですか。さっきちゃんとエース四枚だけで混ぜたでしょう。他のカードがまぎれる事はありえません」
どうせ悪足掻きだろうと軽んじながら、私は特段何も考えず思ったままのことを口に出した。
「だよなぁ。普通はそうだよなぁ。けどさぁ」
言いながら彼女は真っ黒な眼帯を外した。
そこには外傷の類は無い。
「ありえないっつーのは、それこそありえないんだよなぁ」
何の前触れもなく彼女は中指と親指を左目に突っ込んで
指で摘んで取り出した眼球をべろべろと舐め回し始めた
「っっっ!?」
理解不能な行動を目の当たりにし、私は彼女の顔面に釘付けになってしまう。
その虚ろな眼窩の奥には、吸い込まれそうな程の暗黒が広がっていた。
「あたしはあの子と違ってゲームは得意じゃない。本来なら結果なんて関係なく攫って引き渡すつもりだったが……気が変わったよ」
言いながら彼女は2枚目のカードをテーブルへと表向きに置く。
置かれた二枚目のカードはハートのエース――ではなく。
本来この場にある筈のないジョーカーだった
(どうなっているんだ)
私は絶句せざるを得なかった。
私が用意した52枚のトランプの山は全てエースのみで構成されている。
彼女はカードが配られるまでの間それらに一度も触れていないし、仮にすり替えようにも山の中にジョーカーは存在していない。
土台無理な話であるのにもかかわらず。
目の前にはジョーカーが置かれているのである。
「いやぁ楽しめた。傑作だったぜ。当月の勧誘ノルマが未達成っつー理由であの子はお上から詰められるかもしれんが、まぁあたしの方でなんとかまとめることにするさ」
テーブルから視線を戻すと、既に彼女は真っ黒な眼帯を元通りに付け直しており、席から立ち上がりこの場から去ろうとしていた。
茫然自失のまま何も言えない私を見かねたのか、彼女はすれ違いざまに私の肩を叩いて顔を近づけ、耳元で囁いた。
「また縁が繋がれば、その時はよろしく」
私は何も答えられなかった。
彼女が何処かへ去った後も、暫くの間席を立つことができなかった。