宮園クランがなんやかんやで小説家になるまでのブログ

凡そ社会的地位の無い30代男性が小説家を目指す為のブログ

未読が既読に変わる刻-2-

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ひとしきり吐き終わった後、口元を拭って深呼吸をし、僕はどうにか落ち着こうと試みた。



動悸が激しく、油断すれば過呼吸になってしまいそうな焦燥感に駆られながら、それでも息を深く吸って、吸った分だけ吐き出す行為を延々と繰り返す。



慣れない事はするもんじゃないなと言い聞かせながらも、今置かれている状況は日常からかけ離れた異常でしかない緊急事態でしかなくて、気の持ちようでどうにかなるものでは無いとは重々承知とはいえ、恐怖に呑まれてはならないと奮起しなければならない。



眩暈を感じながらも、実地検分を続行すべく、僕はその場を後にした。


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「やぁこんにちは。時にロベルト、君が定義する最強の能力とは一体どのようなものを想定する?」


「最強の……ん、えっ? 今なんて?」


「最強の能力、だよ。ほら、近頃は現代ファンタジーにおいてキャラごとに固有の特殊能力ありきがデフォルトだろう? 数多ある中で君が考える最も強い能力は如何様なものなのかと、私は問うておるのだが」


出会い頭に何の前触れも無く、彼女こと奴許千華(やつもとせんか)はそのような質問を投げかけてきた。


ティーンにあるまじき堅苦しい口調の、長髪長身の大和撫子の様な風貌をした、僕にとっては幼馴染のような存在である。


「脈略が無いのはさておき、あれだろ。炎を纏ったり氷塊を飛ばしたり、そんな超常現象的なものをさも当たり前のように使う中での、一番強いものは何かってこと?」


「左様。しかしあれだぞ、これには明確な正解は存在しない」


「君の感性というか考えというかが気になるからという、私の知的好奇心を満たすが故の質問だ」


「知的好奇心、ねぇ。千華みたいな優等生でも、まだ気になることはあるんだ」


「ありすぎて困惑しているのだよ、常々な。勉学に秀でていようがいまいが、学び舎で講義を受けるだけでは、絶対量を狭める程度など知れているさ」


世の中には不明な事が多過ぎると、嘆息と共に吐き出されたその弱音とは対照的に、切れ長な眉の下にある双眸は、なんというか自信に満ち溢れていた。


「どうだろう、一番強い能力……かぁ。んー、ん~~。あっ!」


「思いついたか、して返答は?」


「実際に該当するキャラが思い浮かばないし、完全なオリジナルかどうかも不明瞭な所だけど……反射かなぁ」


「反射」


「うん、反射。自分以外の何者からのどのような攻撃方法も、全て術者にそっくりそのままハネ返す反射能力。これって意外とどうしようもないっつーか、最強じゃない?」


想像力も創造力もいずれも乏しい僕が10秒程精一杯頭をひねって出した回答に、千華は満足そうに頷いた。


「なかなかどうして面白い答じゃないか。無駄に制約を設けておらず非常にシンプルな点も尚良し。フフフッ、礼を言うぞロベルト」


くつくつと笑う口元を隠すように、千華は彼岸花をモチーフとした刺青が入った左掌を僕へと向けた。


才色兼備。


他を寄せ付けないトップレベルの学力と、女性であることをハンディとしないハイエンドな武力とを兼ねそろえている、彼女。


幼少の頃から何度となく目にしている彼女の両掌に刻まれた刺青は、一見して不自然ながらも何処かしっくりとくるものがあった。


墨を入れるに至った経緯は判然としていなくて、その理由の一つとしては彼女と彼女の両親との関係性を、僕がイマイチ良く分かっていないからだろう。


だとしても特にこれといった才能が無い僕からすれば、そんな雲の上の存在でしかない千華がさも当たり前の様に落ちこぼれの僕に対して普通に接してくれることは、稀にだが感謝をしていたりもする。


「ちなみに君が考える最強の能力は何だか教えてくれたりするの?」


「たまたま両親が夜分通して出掛けるので私はとっても暇だから君が酒と肴を持って夜中私の自室へと遊びに来てくれるのならば――」


「無理、パス、結構です」


「あぁぁあもうもうそうやってすぐにへそを曲げるでない。軽いジョークじゃないか、ブラジリアンジョーク。君の祖国では日常茶飯事だっただろうに」


「ブラジルじゃなくてドイツだしそもそも日本から僕は一歩も外に出たことがないし何なら二人とも未成年だから飲酒は駄目です」


「ちぇっ、真面目だなロベルトは。そうそう、私が考える最強の能力だったな」


「そうそれ。賢い人が出す答、少し興味あるかも」


「ふふんっ、欲しがりだなぁロベルトは。そうだな、私の考える最強とは――」


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〓〓を✖✖する力だろうなぁと、確か彼女は、千華は言っていた気がする。



かような他愛のないやりとりを何度となくしてきた中で、しかし事今回の回想における最終最後の〓〓と✖✖の部分が何故か思い出せない。



それだけ今の僕は、きっと動揺してしまっていたのだろう。



何十本もの釘が打ち付けられた、彼女のものだったと思わしき右と左の二つの掌。



無造作に床に転がっていたそれらを見て、僕はきっと揺さぶられてしまっていたのだろう。



堪らずに吐き気が襲ってくるが、こみ上げてきたそれらを無理矢理飲込むようにして、僕は内心で呪詛の様に平静を保つようなフレーズを繰り返す。



(死体はここにはないからきっと千華はまだ生きている死体はここにはないからきっと千華はまだ生きている死体はここにはないからきっと千華はまだ生きている)



体感で一時間程そう唱え続けていたが、時計に目を落としたところ、結局の所十分も経過してはいなかった。