宮園クランがなんやかんやで小説家になるまでのブログ

凡そ社会的地位の無い30代男性が小説家を目指す為のブログ

未読が既読に変わる刻-1-

青天の霹靂という言葉がある。



故事・諺の一つであるこの文言、予想もしなかったような事件や変動が突然起きる事を指し示す意であることを、後に僕は知った。



とにかく本を読むのが苦手で、交友関係が広くない点からコミュニケーション能力に乏しい所謂(いわゆる)“ぼっち”である僕からすれば、当事者になり得た瞬間の心持ちをこれほどまでに代替した表現は無いのだろう、とか思う。



いや……事前に知っていたとして、仮に「これは青天の霹靂だ!」なんて声を上げる事は億に一つも無かっただろうし、知らなかったからといってさしたるデメリットは無いのも事実だとしても、少しだけ残念な気がしなくもない。



後の祭り――なんていう言葉で片づけるには、事態が深刻過ぎるのだから。



だとしても停滞している暇は無いのだとも、思う。



厭世感はそこまで強くないし、希死念慮なんてもっての他、まだ成人してもいない若者の僕からすれば、こんな不本意な出来事を皮切りに、後の人生に影響を及ぼす(むしろ逆に下手したらここで人生が終わる)様なことになってたまるかというのが本音なのだから。



僅かながらに自由に動ける時間も残されていて、思考を巡らせながら探索パートに移行するのも、たぶん悪くない選択肢の一つだろうし。



とか何とか考えながら、僕は意を決して部屋の扉の施錠を解き、ロビーを目指すべく廊下へと踏み出した。



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カレーうどんを考えた人って、天才だと思わない?」


二日間ほどの間水以外の一切を口にしていなかった空腹感からようやく解放されるのだと、安堵と感謝の気持ちで胸を満たしながら胃を満たさんと、目の前にあるハンバーグにかぶりつこうとした瞬間、である。


機を計ったかのように、彼女は僕へとそんな疑問を投げかけて来た。


「いや天才て。カレーにうどんを足しただけで、いくらなんでも褒め称え過ぎじゃあないかな。小村さん」


「は、うっざ。案ずるは易し産むは難しって言うじゃない。何ほざいてんのよこのクソメガネチビ」


どうやら疑問というよりは賛同を欲していたらしく、それに背いた僕の回答は彼女こと小村呪架莉(こむらじゅかり)のお気に召さなかったらしく、若干キレ気味の詰りが返ってきた。


「一応女の子なんだから、もうちょっと言葉使いとかその辺、意識した方が良いと思うよ」


「はいーっ、きましたわー、“一応女の子なんだから”、いただきましたわー。時と場合と状況においてはあらゆるフェミニストから袋叩きに合っちゃうその文言、ルト君こそ意識した方が良いと思う」


良かったねぇその点私がうるさくなくてとにやにや笑う小村さんだが、恩着せがましいことこの上ない。


つーかカレーうどん食いながらクソメガネチビとか言うのやめろや、と切に思う。


「話し戻すけど、うん。確かにカレーうどんは僕も嫌いじゃあないし、一度で二度嬉しいというか、得しちゃった感はあるにはあるのだけれど、あれじゃん?」


「?」


「食べる時にさ、跳ねるでしょ、汁(つゆ)が」


「あー……そういうこと」


丼に並々と注がれた汁を見遣りながら、僕は言う。


どれだけ気を付けたところで、何かしらのアクシデントというかインシデントというか、事象だけを指すならば跳ねた汁が衣服に付着するのがどうあがいても避けられないというのが、僕の持論である。


洗濯しても染みとして残りがちなことから、味はともかくとしてカレーうどんは苦手だ。


「もしかしてルト君って潔癖症なタイプ?」


「どうだろうね。AB型だしなんとも言えないかも」


「お国柄もあるのかもしれないねー。なんだっけ、イギリス人とのハーフだったっけ?」


「ドイツ人とのクォーターだよ。日本から一歩も出た事ないけどね」


はーんふーんと、肯定とも否定ともとれない反応をしながら、小村さんはその小さな両手を丼へと添えて、持ち上げるな否や一気に汁を飲み干した。


「ずぞっ……ずぞぞぞっ…………ぷはぁー! うんめぇ!!!」


豪快に音を立てて汁を啜(すす)るその姿は、花の女子大生というステイタスからすれば概ね有り得ないぐらいな行動だったのだけれども、眺めている分には本当に美味しそうにカレーうどんを堪能している様にも見える。


「いや、だから。おっさんかよ」


「こうやって先に汁を飲み干しちゃえば危険度が減少するって寸法よ。一つ賢くなって良かったね!」


「口元がべちゃべちゃになるのを除いたならば、そうかもね」


半ば呆れながらカレーうどんの食べ方談義が終わったのだと折り合いをつけて、僕は少し冷めてしまったハンバーグに口を付けた。


口内にじゅわりとひろがる肉汁が愛おしく、普通に美味しかった。


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そんなやり取りを過去何度かした事があったと回想に浸りながら、目の前に広がっている血の海の中心に打ち捨てられた彼女らしき死体を眺めながら、僕は呟いた。



「こんなん見たらもう、この先ハンバーグなんて食べられないよなぁ……」



腹から下が細切れの肉塊になった遺体。



平静を装っていたものの、ほどなくして僕は胃の中の物を残らず床にぶち撒けた。