宮園クランがなんやかんやで小説家になるまでのブログ

凡そ社会的地位の無い30代男性が小説家を目指す為のブログ

【短編小説】はらパンやさん(その1)

《オープン記念! 今だけ先着1万名100名
《10名様限定でパン無料キャンペーンやってます! -はらパンやさん-》


セミの鳴き声もまばらな8月も末となるあの日。

あちこちに折り目の付いたA4コピー用紙にマジックで殴り書きされた謳い文句を眺めながら、僕はハァとため息をつき、並列して歩くヤマザキに改めて確認をしていた。


「あのさぁ。やっぱやめません?」

「なんでよ無料って書いとぉやん。それ即ちタダってことやん。素敵やん。行かな損やろ」

「損か得か置いといて、胡散臭いにも程があるよこれ。大体聞いたこともない店舗名なのに、先着1万名無料とかいう無駄にハードル上げてる点が鼻につくよ」

「でも横線引かれて、今はたったの10名だけやろ? 今ならまだ間に合うかもしれんし、とりまどんなんか見てみよーや」

「いや、いやいやいや違うって。そうじゃないって。全く人が来ないから妥協して人数減らしてるだけだって」

「言うてる間に、着いたで。たぶんここやわ、シキシマもはよ来いって」


学校から南下し、西に向かって20分くらい、僕とヤマザキは目的地へと辿り着いた。

どことなく殺風景な見た目を思わせる一軒家――はらパンやさんに。


「んじゃ行くか。すんませーん! 失礼しまーー!」

今すぐにでも帰りたくて仕方がない僕を放置し、ヤマザキは扉を開けて店内へと這入って行く。

慌てて追いかけ彼に続く僕。

「なんやめちゃ埃っぽいなぁ。全然パンの匂いしやんやん」

「きっとまだ開店してないんだって。ほら、トングとかトレイとかはあるけど、肝心のパンが一つも並んでないだろ? 帰ろ、な??」

「んん~、でも一昨日からやっとー筈やねんけどなぁ。おっかしいなー。なぁー! 誰かおらんのー!?」

諦めが付かないのか、割とデカ目の声量で叫ぶヤマザキ

それに呼応してか、居抜き物件をそのまま転用したかの様な内装の奥――レジカウンターの奥より一人の男が姿を現した。


「いらっしゃい。お客さん、二名様? いやあツイてるね。今ちょうどオープン記念でさ、お二人さんともタダで召し上がっていただけるよ。ラッキークッキー八代亜紀~」

深緑色のパンチパーマがかった薄い頭皮に、白いコック帽をかぶったその初老の男は、言動から察するにどうやらここの店主らしい。

「ほらみぃシキシマぁ! やっぱやっとったやん、タダでパン食えるで~!」

「僕そんなにおなか空いてないんだけどなぁ。まぁいいや、良かったね」


手を叩き喜ぶヤマザキをやれやれと眺めていた僕の前に、店主が柔らかな笑みを浮かべながらやってきて、こんな事を言ってきた。

「空腹だったんだね。ちょうど良かった。じゃあ時間もアレだし、まずは君から行こうか」

「えっ。あはい。僕から、とは?」

「地域によって違いはあるが、ウチはおひとり様2回までなんでね。さっさとやろう、さーいしょはグ~~~」

謎の掛け声と共にごつごつとした拳を前に突き出し、そして引っ込める店主。


断言しよう。

この時の僕はまだ状況を呑み込めず、流されるままに事の成り行きを静観していたに過ぎなかった、と。


「じゃーーーんけーーーんほいっっっ!!」

「あっ……ほ、ほいっ!」


店主はパーを出し、僕は後出し気味にグーを出していた。


「いや、ていうか。これは何の――「奮ンッ、破ァア!!!!!!!!!」――ぐあああああああああ!?!?」


大きく振りかぶり、振り下ろすと同時に急上昇してきた店主の拳が、僕の下腹部へと叩き込まれた。


「しっ、シキシマァアアアアアア!!!!!!」

「ファッファッファッ。いいねぇボク~。最高の反応だねぇ~」

痛みに耐えきれずごろごろと床を転がりのたうち回る僕へと駆け寄ってくるヤマザキ

それを見下すかのような店主の高笑いが、酷く耳障りであった。


「オイおっさん何しよるんやワレェいてまうぞゴルァアアア!!」

「何をするだと? 嫌だねぇ開店早々のクレーム対処とは。大体文句を言われる筋合いは無いんだけどなぁ。私は素直に君たちが望むパンを振舞ってあげただけじゃあないか」

「ザケんなボケェ! いきなり客の腹殴るパン屋が何処におるんじゃブチコロガすぞ!!!」

「おいおいちゃんとチラシを見て来たのかいお客さん。ウチはパン屋ではなく“はらパンや”だぞ? ベーカリーにありつきたければ別のトコに行きなァ」

「ンだと“はらパンや”だぁ!!??」

今にも殴り掛かりそうなヤマザキに一切臆さず、店主は両手を広げ、声高らかに宣言する。


「そう。兵庫三田のいち号店、島根松江のに号店を経て――ここがッ! 記念すべきッ!! 京都亀岡“はらパンや”さん号店だァァアア!!!」



【その2につづく】

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