宮園クランがなんやかんやで小説家になるまでのブログ

凡そ社会的地位の無い30代男性が小説家を目指す為のブログ

【短編小説】はらパンやさん(その2)

・前回
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「はらパンやさん……腹パン屋3……パンじゃなくて腹パン………………………………って分かる訳ねぇだろウラァアアア紛らわしいんじゃクソがァアアアアアアアア!!!!」


白目をむいて涎をボタボタと垂らしながら絶叫する友人ヤマザキとは対照的に、店主はとても愉快そうな表情で口元を歪め笑っている。

「見解の相違、あるいは認識の齟齬? を持ち出されたら困るなぁ。こらこら駄目じゃないか、ちゃんと間違っていた事に対しては、言い訳せずに認める姿勢を取らなきゃあ」

「うっさいんじゃアホボケカスゥ!! こちとらタダでパン食える思ーてこんなとこまでわざわざ来てやったっちゅーのに、虚偽広告にも程があんのじゃ消費者庁に通報したろかァアアアア!!!」

「カネもコネも何も持ち合わせていない、どうせ食う事か結合する事ぐらいしか頭の中に持ちあわせていない、ちっぽけなガキ風情の脅しには屈しんよ。それと、自己紹介がまだだったな」

「そうやぞ! 初対面やねんからちゃんと名ァ名乗れやオッサン!!」


「私は王路除夢(おうじじょむ)。愛称はジョム・オージさんで通っている。気軽に呼んでくれたまえ」

「呼べるかアホンダラァア! つーか色々ギリギリやねんお前の名前ェエ!! その髪型とか帽子とかも相まって完全にパチモンやんけ!! 天国のやなせたかし先生に『存在しててすいませんでした』って焼き土下座しながら謝れやぁああああ!!!」


罵声を浴びせるヤマザキの足元、まだうずくまったままである僕は店主の頭を見てはっとした。

(コック帽だと思ってたけどよく見たらあれ……画用紙を丸めてセロハンテープでくっつけてるだけじゃないか……)


ライトノベルチックな名前だとはよく指摘されてきたが、盲点だったね。ちなみに名付け親曰く、自分以外の他者が抱くあらゆる夢を排除し続けて幸せな人生を送れるように、とのことだそうだよ。その願いに沿って5年ほど前、両親ともどもこの世から退場していただいたが」

「知らんねんそんなん! お前がジャムなんかジョムなんかどぉおーーーーーでもええねん!! 俺は山咲春之(やまざきはるの)ッ! 17歳の高校二年生で彼女いない歴は大体2週間前後ッッ! 大切なツレのシキシマをいきなりシバいた落とし前、今からきっちりとツけさせてもらうからなぁあ!!!」

「本来私は経験の浅い一見さんへ腹パンをし、苦悶の表情に転げまわるその様を見る事に最も情欲を掻き立てられるのだが……良いだろう。確かに一理ある。よし、では殴ってみるがよい」

「はぁあああ!!?? なんやコイツきっしょ!!! だから意味分からんねんて言うてる事!!!」

「お前の大切なオトモダチに対し、半ば不意打ちの様な形で腹パンを仕込んだことへの謝罪を、この身を以て体現してやろうと言っているのだ。正規の流れでは、店主である私と客であるお前がじゃんけんをし、勝者が敗者へと腹パンを行うのだが、その権利をくれてやろうと言っているのだよ」


いわばオープン記念キャンペーンに更に上乗せした出血大サービスだ、と言う店主ジョム。

(なんで画用紙丸めた奴を頭にのせているんだろう……あと特に僕もヤマザキも言及していないからそれが普通って勘違いしちゃいそうになるけど、なんでこの人は上半身ハダカなんだろう……)

見ず知らずの人間に腹パンを行う事を生業とする、超弩級のサディストを基調とした超絶無比たるサイコパスの外見の由来に関して、この時はまだ一般人の枠を出ていない善良な高校生である僕如きの理解が及ぶ筈も無かった。


「おうおうおう上等じゃコラ。吐いた唾ぁ飲むなよこのキ〇ガイが!!!」

「どうかお手柔らかに頼むよ。張り切るのは良いが、精々その可愛らしいおててを怪我しないよう注意することだ。当店、保険制度は適応されないからねぇ。気を付けた上で、腹でも顔でも好きな所を殴ってくるがいい」

ブンブンと肩を回しながら息巻く級友ヤマザキに、余裕綽々の雰囲気を醸し出している店主ジョム。

後で知った事だが、この時のジョムは舐めてかかってこそいたものの、まるっきり油断はしていなかったという。


敢えて“顔”や“腹”という具体的な箇所を上げ、客からのパンチが飛んでくる確率を高め、部位ごとへ来る攻撃に備え覚悟を行う事で、防御力を必然に高める――。

悪魔的に狡猾な心理戦がベールに覆い隠され、ジョムとヤマザキとの間に展開されていたのだ。


「んじゃあブチかましたるから歯ァ食いしばれやぁああああ!!!!!」

左肩が前に飛び出すくらいに思いっきり、右腕部を後方に引いて構えに入ったヤマザキが吼える。

「上等だ――さぁ来いッッツ!!!!!」

胸を張って応じるジョム。


「これが俺の……イチゲキじゃあぁああァアアアァアアアアアア!!!!!」


踏み出した右脚にワンテンポ遅れる様な形で、ヤマザキの右手が真っ直ぐに突き出される。

拳が向かう先はあろうことか――ジョムの六つに割れた腹部に対してであった。


「馬鹿がっ! 挑発に乗り同部位を狙うなど愚の骨頂!! 私のパン筋(※たぶん腹筋の意)の強度でもって、貴様の右腕をコナゴナに粉砕してくれようッッ!!!」

アメリカンコミックでの描写が可愛げに思えるぐらいに、鋼に見まがうジョムのパン筋(※おそらく腹筋の意)がビキビキと展開されていく。


「早ちとりすんなや――俺の狙いは、そこじゃあらへん……」


繰り出したヤマザキの拳がジョムのパン筋(※確証はないけどきっと腹筋の意)に触れるか触れないかの直前、ピタリと静止する。


「なっ――「腹と見せかけてここじゃアアアアア!!!」――ぐわぁああああああああぁああ!!!!????」


刹那、向かって左側に吹き飛んでいく店主ジョム。

受ける筈の無かった攻撃を受けた彼も、それを間近で眺めていた僕も、口に出さずにはいられなかった。



「かっ――――」

「かっ――――」





「肩パンだってぇぇええええええええ!!!???」

「肩パンだとぉぉぉオオオオオオオオ!!!???」





【その3につづく】