・前回
店主ジョムに一体何が起こったのか。
上記問いに対して分かり易く簡潔に回答を述べるならば、即ち彼は腹パンではなく肩パンを喰らったのだった。
全体重を乗せた右ストレートを命中の直前に止めたヤマザキは、左足を更に一歩前に出し右脚と交差させ、勢いを殺すことなくそのまま一回転し、更に加速を増した裏拳にて一撃を見舞ったのである。
「すごい……すごいじゃないかヤマザキっ!」
「当たり前やんけ。関西人をナメたらあかんぞ?」
新世紀エヴァンゲリオンに登場する脇役であるトウジの物真似をしながらふふんと鼻をかいて誇らしげなヤマザキへと、僕は感嘆の意を言わずにはいれなかった。
しかし――。
「ファッファッファッ。い~い肩パンだったねぇ。防御が遅れてしまった所為で……不格好な受け身を取ってしまったよ」
ヤマザキの肩パンを受け吹っ飛んだ先――もくもくと立ち込める砂埃の中から、ゆったりとした足取りで、店主ジョムが現れた。
「なっ……!」
「む、無傷やと!!?」
「いいやそんなことはないさ? 幾ばくかのダメージを負ったのは確かだよ。ちょっぴりジンジンしているし、多少なりとも内出血を起こしているからねぇ」
ジョムの言葉とは裏腹に、彼は俄然ピンピンしていた。
むしろ予想外の攻撃を受けたことで、先程よりも凄みが増している様にも感じられる。
「サービスのサービス、遊びはここまでだ。ここからは、商売の時間――パン道を究めんとするパン士たる私の本気を味合わせてやろう」
「じょ……上等じゃゴルルルァアアア! 確かあと二回やったな? んなら二回とも俺が勝ってあと二発叩き込んで立てんようにしたらァアアア!!!」
(“パン道”とか“パン士”とか当事者でしか分からない謎の造語が飛び交い過ぎだよ……剣道や剣士的なノリで言ってるんだろうけど文字に起こさなきゃ絶対伝わらないよ……)
「時に君、ヤマザキ君といったかな。若いのによく練られたパン力を持っているじゃないか。そこで提案なのだが、どうだろう。ここは2回と言わず、どちらかが降参するまで勝負を続行するデス・マッチ形式に変更しないかい?」
「デス・マッチやと!?」
「そうさ。勿論お代はゼロ円。もっともヤマザキ君が私に怖気づいてカーネルサンダースが創始者の某ファーストフード店で販売しているが如きチキンっぷりを発揮するのであれば、無理強いはしないがね……」
「誰がチキン-臆病者-じゃボケェエ!! 分かったわかったよ~ぅ分かった。お前、殺ったるわ。謝ってもオッサンのこと死なすまで俺ぁ止まらんからなァアアアアア!!!!」
火を見るよりも明らかな店主ジョムの挑発を受け、両社の内一方が負けを認めない限り終わらないデス・マッチのルール変更へと応じるヤマザキ。
「ン~ベリグッ! 快諾してくれるとは勇ましいじゃあないか。では始めるぞッ! じゃーーーんけーーーん」
「ぽんっ!」
「ぽんっ!」
ジョムはグーを出し、ヤマザキもグーを出した。
「あいこでっ!」
「しょっっっ!」
今度は二人ともパーを出した。
引き分けが続く。
互いが一歩も譲らないそんな均衡を破ったのは――意外にもヤマザキ。
ヤマザキはグーを出し、対するジョムはチョキを出したその瞬間。
ジョムの目の前から、ヤマザキの姿が消失した。
「ッ!? ど、何処に行っ……」
「ここやで。案外遅いんやな。つー訳で喰らえや。俺の“ももパン”をなァアアアア!!!」
ドゴォッッ!!!
狼狽するジョムの後方に回り込み、声を掛けるな否やヤマザキはジョムの大腿筋へ渾身の膝蹴りを叩き込んだ。
「グワアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
痛みに耐えきれなかったのか、膝をついたまま絶叫するジョム。
「よっしゃぁああやったったでみたかオルルァアアアアアア!!!」
必殺の一撃を決め、勝利の咆哮を上げるヤマザキ。
「どやシキシマァ! お前の仇、見事取ったったでぇえ!!」
「そうだね。そうだけど、うーん……」
「なんやねん歯切れ悪いなぁ。なんか言いたい事あるんか?」
「言いたい事っていうか……なんだろうなぁ~、それやっちゃうのっていうか……」
「はっきりせぇや! どないしてん!!」
てっきり勝利者に対しての激励や感謝の意を述べられる準備をしていたのだろう、露骨に機嫌の悪そうな表情を浮かべて詰め寄ってくるヤマザキに対し、僕は思ったことをそのまま彼に伝えることにした。
「あのねヤマザキ。何事にもルールや規則ってものがあるよね、この現代社会においてはさ。型に縛られない、破天荒に自由気ままに生きていく個人の考えまで踏みにじるつもりは更々無いんだけど、にしても限度ってものがあるよね。節度を守るとも言い換えられるけどさ。で、話は戻るけど、さっきのはマジで有り得ない暴挙だと僕は思うんだ。相手が大人で、僕たちは高校生で、年齢と比例した体格差や経験の違いを差し引いたとしてもだよ、蹴りを使うのは卑怯だよ。藤木君の卑怯さを数値化して10とすると、君の場合723くらい突き抜けた限界突破の卑怯さを誇っているんだよ。というか腕で行う打撃の3倍近い威力を出せる脚を使っちゃうのは本当に駄目だってば。あと、ヤマザキは“ももパン”って言ってたけど、僕らの地域じゃ“ももかん”だよね? 腹パンや肩パンとは別物っていうか、“パン”じゃなくて“かん”だよね。明らかに違うのに名称の虚飾まで行ってやるのはズルいんじゃないかな。それって人としてどうなんだろうね。いや、この際だから言葉を選ばずにちょっぴり辛辣な表現になるかもだけど、非の打ち所しかない鬼畜の所業だよね。終わってるよね人として。繰り返しになるけど有り得ないっていうか。ぶっちゃけかなり引いてるんだよ僕、ヤマザキが取った行動を見て。今まで仲良くやってきたつもりだったし、友達の中でも一番親しいし気兼ねなく接する事の出来るイイ奴だって思ってたけど、氷河期並みに冷めたっていうか。これから先の付き合い方を見直そうかなって、自分の中で真剣に検討するぐらいには、がっかりしているんだよ。本当はこんな事言うつもりなかったし、言うべきでないことも充分に理解しているつもりだけど、それを上回るくらいコイツねぇわって気持ちが勝ってしまってるから、敢えて言うけどね。やめた方がいいよそういうのは、本当マジで」
「……ご、ごめんなさい」
「僕にそれ言っても仕方ないじゃん。ほら、起こすの手伝ってあげて、ちゃんと王路さんに謝りなよ」
思わず敬語になるくらいには目に見えてテンションの下がっているらしいヤマザキは、とても居心地が悪そうにしながらも、うずくまるジョムへと声を掛けた。
「すまんなおっさん。俺もちょっとはしゃぎ過ぎたっていうか、そのなんていうか、すみませんでしたっていうか」
差し出されたヤマザキの手を受け取らず。
俯いたままジョムが取った行動――応じられた手の形は、即ちハサミを模したそれであった。
「――隙有ィもらったァア!!“バスンッッ‼‼‼”ぐわぁああああああああ!!!!!???」
「やっ……ヤマザキィイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!」
【その4につづく】