・前回
人としてあるまじき行為をした友人を諌める為に、というかこうなってしまったのは8割近く僕が原因なのはさておき。
どちらか一方が負けを認めなければ終わらないデス・マッチ形式において、店主ジョムは降参をしていなかった。
なので勝負は終わっておらず、続行の最中にあったのが正しい。
ヤマザキが差し出した手はパーの形をしていて、それに対するジョムはチョキを出し、ルールに則って腹パンを繰り出したことを、誰が非難できようか。
「ファッファッファッ。小気味良い感覚が伝わって来たぞ。これだからパン闘はやめられん。血生臭くも奥深き――修羅のみに通る事を許された選ばれし道ィィイ!!!」
「ぐっ……げほげほっ……ちぃーとばかり効いたでオッサンッッ!!」
決着が着いたと勘違いし油断していた際にモロに腹パンを受けたヤマザキは、言葉とは裏腹に相当なダメージを負ってしまったことは、第三者である僕から見ても明らかであった。
されど、デス・マッチ。
勝負は未だ終わる気配を見せてはいない。
「「じゃーーーんけーーーん」」
「「ぽんっ!!!!!!!!」」
互いに一撃を見舞った後、両者は再び戦闘(パン闘?)を開始した。
「しょっ! しょっ! しょっ! しょっ!」
「しょっ! しょっ! しょっ! しょっ!」
あいこが続き、攻防は更に加速していく。
「shshshshshshshshshshshshshshshshshshshshshshshsh」
「shshshshshshshshshshshshshshshshshshshshshshshsh」
(て、手の動きが速すぎて……目が追い付かない……!)
予めて示し合わせていないにもかかわらず、両者は今や両手でじゃんけんを行っていた。
だがそれだけにはとどまらず、僕が見えていないだけで、あいこがずっと続いていた訳ではなかったらしく。
パンッ! パンパンッ! パパパパンッ!
ゴッッ! ドゴオォッ! ドゴォオンッ!
突風にも似た衝撃波を伴って、炸裂音にも似た打撃の音が不規則に室内に木霊していることに僕は気が付いた。
(ぐっ……! きっついのぉ。一発の重みが俺とダンチや……気ぃ抜いたらぶっ倒れてまうッ――!)
(一呼吸で五連打とは何という手数……あらゆる角度から飛来する拳の速さは言わずもがな。この小僧、私の腹パンの命中の瞬間、衝撃を外に流す体捌きまで同時にやってのけるとは――末恐ろしい才能よッッ!)
執拗に腹パンを狙う店主ジョムに対し、腹以外にも肩や顔など狙いを分散して応じるヤマザキ。
高校生にあるまじき健闘ぶりだと感心するも、しかし時間が長引けば長引く程、ヤマザキの敗北は濃厚であるに違いない。
経験の差、ないしは持続力(スタミナ)の差。
傍から見れば腹パンを生甲斐とする異常者でしかない店主ジョムだが、異常者が故にこのような事態は日常茶飯事、きっと慣れているのだろう。
そして、常時展開される拳打の応酬について。
打撃の要、腹パンの威力を上げるかに関して、素人然とした僕には分かる筈も無かったのだけれど、しかしその全容がおぼろげながらに見えてきた気がする。
深く考えなければ筋力に比例するかとも思われるが、たぶん違う。
大事なのは、大切なのは。
おそらく“体重移動”。
全身の力を淀み無く拳に収束し、そして全体重を拳骨に乗せて的である腹を突くのではなく 射 抜 く 。
近接戦闘といえども、たぶん感覚的には体重をそのまま射ち出す射撃に近しいものがあるのだろう。
店主ジョムはその余すことなく鍛え抜かれた鋼の肉体――骨よりも重い筋肉全てを総動員し、腹パンが命中する際にその全てをヤマザキへと叩き込む、いわば一撃必殺のスタイルを得意としている。
対するヤマザキはジョムと比べ体格差に大きな壁があり、一瞬で相手の背後を取る持ち前の素早さにてなんとかジョムの攻撃を受け流しているのが現状だ。
(膠着すればするだけ不利に……。どうするんだヤマザキ、このままだとお前はきっと敗けてしまうぞ!)
それっぽいことを思ったと見せかけて、本音としては早く切り上げてさっさと家に帰って撮り貯めしていたアニメ『円盤皇女ワるきゅーレ』を観ながら僕一推しのキャラである猫耳メイド長である真田さんでハァハァしたかったのだが、しかし両者は一歩も譲らない。
そんな僕の心中を察したのか、ヤマザキが動いた。
否、仕掛ける為の布石を打ったという方が正確だろうか。
ドゴォン! ドゴォッ!! ゴォオオン!!!
(こいつ……どうして……? 持久戦の挙句血迷ったか??)
ジョムが困惑するのも無理はない。
何故ならヤマザキは、まるで緊張の糸が切れたかのように一切の攻めを放棄し、ジョムが放つ腹パンを連続で受け続ける愚行に走っているのだから。
「ごふぅ! がはぁ! がぁあああああッッ!」
せりあがってきた血反吐を撒き散らし、苦悶の表情を浮かべるも、未だ倒れる事を良しとしていない対戦者の眼を見、優位に立っている筈のジョムは背筋が凍る感覚を味わった。
(違う、こいつは、こいつは未だ勝負を諦めていない……何かを、何かをするつもりに違いないッッ!!!)
「う――ウォオオオオオオオオ!!!!」
狂乱の様相で全力の腹パンを無呼吸連打にて叩き込み続けるジョム。
ズガガガガガガガガガガガガガッッッ!!!
掘削機を圧倒するぐらいに重厚な打撃の雨霰がヤマザキの腹めがけて繰り出されていく。
そして刹那――ヤマザキの姿がまたもや消失した。
ジョムの表情が一瞬強張るも、しかし彼はこの時点ではまだ笑っていた。
「舐められたものだな小僧! 二度も同じ戦法が通用する程、私はヤワでは無い事を身を以て知れィィイ!!」
叫び、振り返り様と同時に、背後に立っていたヤマザキの胴体を、ジョムの腹パンが貫通――――。
「危なかったけど、これで終いや。じゃあな、おっさん」
――していなかった。
彼の放った腹パンは虚しく空を切り、振り返った更に後方……当初向かい合っていた正面の位置に、屈みこんで体勢を低くしたヤマザキが再び現れていたのだ。
(ざ……残像だとォォオオオオオオオオオ!!!???)
「オラァアアアアアアアアアア!!!!」
腰骨より少し上の辺りに、ヤマザキの背パンが炸裂した。
ボグッツツツッッツッッッッ!!!!
名状しがたい耳障りな音が響く。
肋骨の最下部の二対だけは丈が短く、肋軟骨によって環状結合していない浮動肋骨である。
そのためこの二対は衝撃に対し極端に脆く、とりわけ先端部は折れ易い形状をしている。
そしてこの浮動肋骨の内側はとても繊細な臓器――一対の腎臓が位置する場所であったのだ。
「ぎっ…………ギィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
骨折+内臓破裂を同時に味わったが為に、喉を破壊せんばかりの絶叫を上げてジョムはその場へ崩れ落ち、そして動かなくなった。
「よ、よっっっっっしゃあああああ俺の勝ちじゃああああああああああああぁあああ!!!!」
満身創痍でありながらも飛び跳ね勝利の演舞を行うヤマザキとは対照的に、僕は引きつった笑いで成り行きを見守るしか出来なかった。
(去らなきゃ……今すぐ、ここから離れなきゃ……未成年とはいえ、殺人の片棒を担いだなんてことが公になってしまえば……僕の残り人生は滅茶苦茶になってしまう……)
ジョムの死亡確認をしている暇すら惜しかった。
結果として彼は九死に一生を得たのだが、当時の僕にはそんな余裕は皆無であって、余韻ままならぬヤマザキを追い立てる様にその場から一目散に逃げだす事しか頭に無かった。
ここでしっかりと後始末をつけていれば、ひょっとすると違った未来に変わっていたのかもしれない。
あの時逃げずに事に片を付けていればどんなに良かったのだろうかと、失禁するぐらいに追い詰められ後悔する羽目に陥るのはここから15年以上経ってからなどと、神でさえ予想出来ないだろうに。
【おわり】
次回:はらパンやさん↑↑-ダブルアッパー-~暗黒パン闘会編~へつづく
※公開時期は未定です。