視界の全てが溢れんばかりの白で埋め尽くされた、眩さすら感じてしまいそうな空間に、僕はいた。
少し離れた所には四角く切り取った窓のようなものが見える。外の景色は雪が吹雪いている。
そして、目の前には木で編まれた揺り籠があり、生まれて間もない赤ん坊がすやすやと眠っていた。
「やぁにーさん、ひさかたぶりだね。元気してた?」
声がした方に顔を向けると、赤髪のアロハシャツに黒いジャケットを羽織ったアミが、かにかまぼこをむしゃむしゃと頬張りながら笑っていた。
「ん、おかげさまで。てゆーかあれだろ、お前真衣だろ」
「ぁー、やっぱバレてた?」
「見た目は僕の知ってる妹のそれとは全然違ったけど、なんとなくそんな気はしてた」
「さすがにーさんだね。血が繋がっているだけの事はある。でもねー実際のところは、違うんだ。昔に真衣であっただけで、今は違う。」
大雪害のあの日、奇跡的に絶望しなかった世界線でのその後が、目の間にいる彼女、即ちアミであるらしかった。他者に絶対服従の信号を発する本来の伽藍真衣の能力とは全く異なるチカラを使えるようになったとの事。
「全能属性っていうのかな?基本的にはなんでも出来るよ。但し、血族に対する干渉は出来ない。だからあたしは、昔あたしになる前のあたしだった真衣を救いたかったから、この力に目覚めたのかもしれない」
観測者と化した彼女は、平行世界を渡り歩き、その都度僕たち兄妹をなんとかして救おうとしたらしい。だが、結果は全て報われなかった。いずれもバッドエンドで終わり、半ば諦めながら義務感だけで気が遠くなる程の数をこなしてきたそうだ。
「それで?何で今回に限ってうまくいったんだ?干渉できないなら前みたいにコンビニで喋る事も出来ないだろ?」
「普通ならね。でもさ、おにーさんあの時、一瞬だけど能力解除してたじゃん。昔も結局教えてくれなかったけどさ、あれでしょ?自分の存在感を希薄にするみたいな、そんなんでしょ?」
こちらはこちらで案の定バレてた。
「正確に言うなれば、【他者の意識を極限まで己に向けない】能力なんだけどな。常時発動しているから、露呈する訳ないんだが。てか、お前ぶっちゃけ他の誰かに聞いただろ」
「緋崎のばあちゃんに教えてもらった。聞き出すのにも数十回パラレルワールド行き来したけどね。おはぎおいしかったなぁ」
懐かしい気持ちになる。僕を含めた一家への迫害が強まる束の間のあいだまでは、緑夜叉村での生活もけっして居心地の悪いものではなかった。
「そんでまぁにーさんの能力が分かったはいいけどさ、これがまぁ全然隙を見せてくれないわけよ。道筋は違えど、最終的には妹に身を捧げてジ・エンド。たぶんね、今回の世界では、きっとタカシ君が特異点だったんだと思うよ。子供は設けなかったものの、一時的には夫婦という関係にあったのは、驚愕だった」
「付き合い短かったけど、ドSっぷりを除けばたぶん悪い奴じゃない・・・のか?」
振り返ればそれなりの数の人間を屠っていた事実はある。それでも悪人しか手にかけていなかったのも、また事実なのかもしれない。
「そりゃあ元婚約者にスプーンで片目刳り抜かれちゃったら頭おかしくなるでしょ。愛情の裏返しは無関心なのではなく、愛憎だよ」
「めっちゃ固執してたもんな。言われてみれば方向性は違うが、真直ぐな所に惹かれて、行動を共にしてたってのもあるし」
「そうだね。彼と一緒に妹と対峙しつつ、且つにーさんが真衣を救いたいって思ったから、今この場所に来れたんだよ」
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本当にこれで、良いのだろうか。
それでも、
それでも僕は。
それでも妹を助けたい
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「・・・まぁ家族だしな。当然だろ」
急に恥ずかしくなってきたので、赤くなった顔を背けるようにして俯く僕。
「にーさん、かっこいいなぁ。血が繋がってなかったらソッコーで告って突き合っちゃいたいぐらいだよ~!」
「付き合うに訂正しろ。というかお前真衣とキャラ違いすぎるんだよ。ちょくちょく下世話なネタ挟んでくるし見た目全然違うし戸惑うわ。もっとお嬢様コトバ的なもん使えよ」
「あははっ。まぁアミに為ってから喋るのって、今回が始めてだったからさ。それに嬉しかったんだよ。真衣を救う事を決意してくれた、おにいさまがわたくしの目の前にいるのが」
ほんの一瞬だが、髪が青色に。そして服装がドレスを纏っている姿に、変わった気がした。
「もう間もなく時間切れな感じか」
「うん・・・本当はもっとたくさん話したかったけど、そろそろ限界っぽい」
決断の時は来たようだ。改めて目の前の赤ん坊をみる。
「自分で自分を手にかけるのって、自殺になると思うか?」
「どうだろ、あたしには分からない。でも、本当にいいの?にーさんの存在が消えるちゃうんだよ?そこまでする必要ってあるのかな」
僕がいなければ。
おそらく妹は幸せにやっていける筈だ。
「そこまでしなければ、いけないんだ」
なぜなら真衣は。
この世で唯一人の。
大切な妹だからな。
僕は優しく包み込むように、抱きしめる様に、赤ん坊の首を絞めた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
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緑夜叉村から少し離れた峠の辺り、雪がしんしんと降り積もる中、二人の男女が夜道を走っていた。
「あーもうやだ、本当疲れた、マジでタイアド。俺ってばお前を助ける為に今回の一件で何度命を落としかけたことか。成年に達する前に人生経験積みすぎて老衰しちゃいそうだぜ」
「うふふ、タカシったら冗談がお上手なこと。そもそもアナタは2回死んでるし、髪だってショックで真っ白じゃない。とはいえ、苗字も白石だし丁度良いかもね」
「いやあんだけ殺し合い紛いの事したらそりゃ真っ白にもなるよ。当然至極にまっしろしろすけだよ。でもまぁ、これで終わったんだよな。早く住処見つけて仕事して、ずっと一緒に暮らしていこーぜ」
「まぁあきれた!こんな最中でぷろぽーずだなんてはしたない!でもね、そのうち子を授かった際、わたくし実はもう名前は決めておりますの」
「ん。そうなのか、因みに何にするつもりなんだ?」
「私たちが結ばれ、新しい日々の扉を開くその瞬間を冠して、」
ハジメにしましょう。
Happy days begin...【EnD oF tHe TrAgEdY!!!!!】