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人生は物語と等しく容易には終らない。
意味不明に始まって、理解不能に続いていく。
理不尽に、理不尽に、理不尽に。
ならばこの情景は終焉へと向う刹那の一景だ。
鑑みる暇も無い、省みる隙も無い、有るがままの済崩しに他ならない。
死が解放であると錯覚してしまうぐらいには、救い様の無い物語の続きを始めよう。
G - 5 9
断罪院の魔力の波動がぷっつりと切れたことを知覚する。
(へぇ……本当に倒しちゃったんだ。凄いね、これは予想外だったかも)
惨門並びに至門の番人と、ちょっとしたじゃれ合いに興じていて、ようやっと一段落が着いたのがこれより6分前。首都圏外特有の夜空に瞬く星々の煌きを眺めながら、ミートリウムこと脳針筵はそれなりの関心と感心を浮かべていた。
魔力を持たないただの人間――白石天に対しての、関心と感心を。
あの青年と出会った際にした、ちょっとばかりのサービス――この先どう転んでも死ぬであろうことを予測するまでも予想できたので、老婆心ながらに己の一部を貸し与えていたのだが。
それでも生き残る確率は1割にも満たないとばかり思っていたのに。意外や意外、彼はやってのけたのだ。
過去、脳針とは引き分けという結果に終ったものの、以外の魔術師を押し並べて完破してきた鏡面の識者を、撃破するという偉業を成し遂げた。
(こんなことなら一部と言わず全部渡しとけば良かったなぁ~……なーんて思っちゃったり)
もうすぐ夜明けを迎える。脳針は一瞬、ほんの一瞬だけではあるが、天を追いかけようと考えた。考えたが、止める。理由は二つあった。
一つ目は、折角恋焦がれた罪人である伽藍の娘さんと初対面を済ませ、これからの華々しい未来へ向けて歩き出すべく思い出に残るであろうファーストコンタクトの邪魔をしたくなかったから。
これは脳針自身の意思が優先された、いわば内的な理由。
二つ目は、仮に彼と彼女の元へ馳せ参じようとしたところで、五体満足なまま辿り着けるかすらが怪しいと考える、外的な理由。
「お久しぶりですね」
深緑がかったライダージャケットに黒のジーンズ。不機嫌そうな表情を浮かべて、自らに語りかけるこの男。
一 体 い つ の 間 に 背 後 に 現 れ た ?
「――ボクの背後を取るなんて、やるじゃあないか。みたところ初めましてなんだろうけど、キミは?」
内心を悟られないように口調こそおどけてみたものの、首筋を冷や汗が伝う感触が分かった。
(溢れ出る魔力の量が常軌を逸している。桁が違うなんてものじゃない、これはきっと…………次元が違う)
「嫌だな。脳針さんみたく強い魔術師は、いちいち殺した相手の事を覚えていないんですか?伽藍の倅、10年前かな。思い出しました?」
深く被っていたフードを上げて、顔が覗き出た。
「キミは――キミはあの時ボクが確実にトドメをさしたんじゃあ……」
伽藍端〆。がらんはじめ。ガランハジメ。
危険すぎる才能と能力を有していたが故に、危うく緑夜叉村が消滅しかねない能力を行使しようとした所為で駆逐対象となった、かつての【蔑ろの暴君】。
かくいう脳針自身も死ぬ一歩寸前まで追い詰められ、死山血河を築かんばかりの激闘の末に絶命せしめた筈の相手が、眼前に立っている。
下方より覗き込むように、射抜くような視線で自らを睨み付けながら、端〆は滔々と言葉を紡ぎはじめた。
「トドメを刺したと認識させるのが精一杯でした。あの頃の僕といえば、才能の欠片も無い餓鬼でしたからね。脳針さんがもう少し聡ければ殺られちゃってましたよきっと。でも、ご覧の通り僕は今日まで生きている。生きている。生きているんです」
他者の意識を極限まで己に向けない奥の手でもってね、と端〆は薄ら笑いを浮かべていた。
しかし決して不機嫌そうな表情を崩してはいなかったが。
「正直。いやね、本当の所余す事無くつい先ほどまではね、可愛い妹がもうすぐ処刑されるんだなって絶望してたんですよ。親父は死んで、母親は行方知らずになって、残された唯一一人の家族がいないこの世の中なんて、耐えれないし絶えるべきだと考えたんですよ。でも、妹は妨害者によって救出され、魔術とかいうクソみたいな無為の柵(しがらみ)から解放され、兄である自分がもうあいつを見守る必要が無いんだってほっと一息――安息するぐらいには安心している訳ですよ。でも、でもですよ。そうなったらなったでなんだか無性に腹が立ってきまして。矛先をぶつける為の力は手に入れたが、優位に進める為の“道具”が無い。そんな所、あなたを見つけたのですよ脳針さん」
「“道具”?なんだいそりゃあ。ボクはそんなもの知らないな」
「守護者だろ?お前」
「お前の宿している“緑夜叉”――僕にくれよ」
「・・・・・・」
「言い方を変えようか。さっさとよこせ――でなければ今ここで始末する」
「ッ――――!!!?」
剥き出しになった殺意が容赦なく脳針へと叩きつけられる。その行為に、計らずとも無意識のうちに“鱗体”へと体組織が構成され尽くすぐらいに、生命の危機を感じ取ってしまったからだ。
「相変わらずグロいですねーソレ。兎にも角にも堅いし攻撃が通らないので昔は手を焼いたっけなぁ」
首を反時計回りにぐるりと回し、それでいて直立不動の姿勢を解かないままに、端〆は気だるそうに脳針を見据えている。
(凡そ190万匹弱……孵化を強制的に早めたとしても500万匹に満たないだろう……やれるか?)
自らの残存戦力を計算しながら、どう仕掛けるかと逡巡していた脳針の足元が、不自然な形に盛り上がり、黒い塊が地面から飛び出した。
屍体であった。
身体の至る所を、現在進行形で蟲に食い破られながら絶命している。
「鉦告の腰巾着ですよ、そいつは。恨みも何も無かったのだけれど、なんていうか語尾が鬱陶しくてですね。新しい力の試運転がてらちょっと撫でたら壊れちゃいました」
ブーンブーン、と。
闇夜にて視界不明瞭な辺りに、羽音が重なる音が集中して聴こえてくる。
やがてそれは次第に勢いと量を増し、今や大気を振るわさんとする重低音かと聞き違えるぐらいに、夥しい数の羽虫が脳針と端〆の周りを埋め尽くしていた。
「真衣は優しい妹でした。優しいからこそ、他者に対して誰よりも興味を持ちそれを自由自在に出来る力がありながらも、一度も使うことはなかったんです。歪まずに真っ直ぐ育ってくれて、兄としては本懐だったのです。ですが脳針さん、ねぇ脳針さん。あなたなら分かるでしょう?卵虫遣いであるあなたならば、それが如何した所で非効率極まりないベクトルだって、理解出来るでしょう?」
(血と肉を媒体に自らを構成する我が魔術の更に上――伽藍一族のみしか使えない秘術中の秘術“生体干渉”――ッ!!!)
それらは虫であった。
地球上において二番目にシェアを占める、生命体の一種。
昆虫類に限らず、 宙と地を綱甲殻綱・唇脚綱・倍脚綱らが犇めき合っている。
ぞろぞろ、うじゃうじゃと。
「あなたのかわいいかわいい金魚ちゃん達が何匹いるのか分かりませんが――仮に一千万匹いたとしましょうか。大きさは劣るかもしれません。でも数ならその一千倍以上は優に超えるでしょうね。単位で表せば京かな?それとも兆かな?数学は苦手なのでよくわかりませんが、あははっ」
「・・・・・・」
彼我の戦力差は計り知れないほど開ききっている。開き直りでもなんでもないが、「ここで自分は死ぬのだな」と脳針は諦めた。とはいえむざむざ殺されるつもりなど毛ほどにも無かった為なのか、彼は言わずにはいられなかったのだろう。
いてもたってもいられなかったからか、あるいはいたたまれなかったのは彼自身にしか分からないが。
「絶体絶命の所悪いのだけれど、伽藍端〆。一つだけお前に言っておきたい事があるんだ」
「なんですか?バケモノ改め『さかなちゃん』さん。辞世の句でも、詠みますか?」
「――――,――――.」
「え?なんて?聴こえなかったのでもう一度お願いします」
「Bite my ass,Sister fucker-クタばれシスコン野郎-」
罵倒を合図に、黒い群れが渦となって、脳針を視界から消した――。
. 5 9
まるで隕石が落ちたかの様な――まっさらな更地にて。
そんな爆心地と見紛う中心に――人間の形をした何かが2体立っていた。
一人は、どこにでもいるような成人男性。一点特異な部分を挙げるならば、胸元から自重の何倍もの樹木を生やしている点であろう。
地面から生え出たそれは、男の胴体を丸々突き破り、視認に易い程の恐るべき速度でもって、今も尚天に向って成長を続けていた。
対するもう一人は、どこからどう見ても人間とは判別できない様相を醸し出している。
頭の天辺から爪先に至るまで、鎧のような物を纏っている。しかし実際にはそれは皮膚から直接生えているというか、鎧そのものが皮膚と同様の性質を有しており、かつて関節があった部分――今となっては鎧の継目に様変わりしているのだが、そこからは翡翠に点滅する鈍い光を放っていた。
脳針筵、緑の守護者。
全卵虫を以ってしても伽藍端〆に敵わないと踏んだ、【否緑夜叉形態】を解除しての反撃であった。
司る属性は“植物”
自らが発する大気中の成分割合を即座に書き換える程の圧倒的な有害物質の発憤により、蝗害化した蟲々を全て死滅させ、ノーガードであった端〆を超成長した樹でもって迎撃を完了させる。
本来ならば変異するだけで自我が崩壊し、意識という意識が全て白痴と化すシロモノなのではあるが、守護者である責務を全うするだけの愚直なまでの我が、脳針の意識をかろうじて保っていた。
眼前の脅威は去った。口からは大量の血液を吐瀉し、内臓も軒並み破壊され尽くしているように見えた。
しかし。
ぱこんっ、と。
乾いた音が、後頭部辺りから、響く。
「惜しかったですね」
伽藍端〆が立っていた。
彼の手には、柄の長い木刀のような物が握られていた。どうやらそれで後方から叩かれたのだと、気付く。気付いた所で遅かった。
全身が、音も無く灰となり消滅していく感覚が、脳針に伝わっていく。
(ココニキテ・・・・・・シ、・・・・・・神器ダト・・・・・・?)
神器『空蝉』。緑夜叉に対抗する為に精製された――超弩級魔宝具が一本。
貫いたはずの前方の人間の形をした何かは、みると蟲の屍骸の寄せ集めであったようだ。ばらばらと、それこそ蜘蛛の子を散らすように、形を為していたものがちれぢれに霧散していく。
「そんな大層な力を所有しておきながら、結末は10年前と一緒ですか。呆れた。本当にあなたに敗れた過去の自分が、どうしようもなく情けない」
【他者の意識を極限まで己に向けない】能力。
敗北を喫した要因を知覚する間もなく、脳針筵は――緑の守護者は、塵に帰した。そして、彼の立っていた足元に拳大の宝石が亡骸のように転がっている。
中央部は、欠けているように見えた。端〆はそれを拾い上げ、ぽーんぽーんと投げながら、こともなさげに呟いた。
「やれやれ。呆気ないというか味気ないというか。ともあれこれで緑色は手に入ったし、あと六つか。赤河童と黄麒麟はもう見つかっているから良いとして……まぁいいや、地道に時間をかけて探していこう」
全部揃った暁にはこの世に存在する全ての魔術師をぶっ殺せるんだから、と。
それから
かくして緑の守護者は破れ、蔑ろの暴君が緑夜叉を手中にするカタチで一旦は幕を閉じる。
白石天に分け与えた自身の細胞に紛れ込ませた中に、その一部が含まれている事を彼らは未だ知らない。
ここから更に10年後、伽藍端〆が率いる“神の七本足”が襲来するまでの間は一時の平和を享受するも。
物語は未だ終らない。
[ラブ♡マイ♡ブライド 終幕]