※これは事実を元にしたフィクションです。登場する個人名・団体名などはすべて架空のものなのでご留意ください。
喫茶店【Romantic Things】
京都府と滋賀県の境目に位置するその店へ、私とナガノは足を踏み入れた。
時刻は20時半に差し掛かる頃、見回せばそれなりの数の客で賑わっている風に感じる。
ヴェートーベンだかモーツァルトだかのクラシック音楽が流れる店内は、どことなく薄暗かった。
「どうも、店主のサガと申します」
二人掛けのテーブルに着くなり、コック棒を被った男性が私に向かって挨拶をしてきた。
「あ、はい。こんばんわ」
「〇〇さんはうちに来るの初めてでしょう? コーヒーだけでなく、軽食もウリにしているんです。是非ご堪能下さいね」
ニコニコと笑いながら店主はそう言って奥のキッチンへと引っ込んでいく。
(ん……ちょっと待て。今の少しおかしくないか)
サガを視線で見送りながら、私は違和感を覚えていた。
(挨拶は返したけど、まだ自分は名乗っていなかったのに、どうしてあの男は苗字を知っている?)
「サガさん、初めてのお客さんにはああやって自ら声を掛けに来るんですよ。レトロゲームが好き過ぎてヘンテコな店名にしちゃうネーミングセンスはさておき、料理の腕はバツグンですから。良かったです!」
「あぁ、だから“ろまんしんぐ”なんですね……って、そうじゃなくて」
思わずノリ突っ込みの様な形でナガノに応じてしまう私は、たぶん些か平静を欠いていたのだと思う。
「これまではなぁなぁで、流されながら今日まで先延ばしになってしまいましたが、私にはそのつもりは無いのですよ」
「どのつもりがですか?」
「あなた達の団体に参加するつもりが無いのです」
「ほぅほぅ。それはどうしてなんです?」
「得体が知れないし、興味が無いからです」
「ふぅーん」
これでもかというぐらいに明確に拒絶の意思を示したつもりだったのだが、ナガノは私の訴えを意に介さずにメニューボードを眺めている。
「まぁそうなりますよね。〇〇さんに限らず、大抵の人は最初そうやって、尻込みしちゃうのも事実だし」
「はぐらかすのを止めて下さい。どうなんですか、私は自分の意見を伝えているんですよ」
「分かっています。不安だからこそ、そういう態度を取ってしまうのも。私も時間をかけて説得しようというつもりはありません」
「だから……」
私は語気を荒げてテーブルから立ち上がりかける。
――も、次に取った彼女の行動によってそれは制されてしまった。
ぽんっぽんっ、と。
彼女はポーチから、長方形の物体を取り出し、それをテーブルに置きながらこう言った。
「200万円あります」
「〇〇さんが教団-トライブ-に入られるなら、コレ差し上げますよ?」