※これは事実を元にしたフィクションです。登場する個人名・団体名などはすべて架空のものなのでご留意ください。
厚みは約1cm、重さは約100gの塊が、二つテーブルに置かれている。
直接目にして抱いた感想としては“意外とこの程度なんだな”というものだった。
もしもナガノが切り出した提案を呑み込んだ上で、合意しこれらを懐に入れられたならば。
私が今現在抱えている負債の大半が帳消し――チャラに出来る、出来てしまう。
「念の為に言っておきますと、この場でお返事をいただけないのであれば、もう二度と同条件での勧誘は無いと思ってください」
不敵な笑みを浮かべながら、彼女は私を覗き込むようにしながら言う。
「……てでしょうか」
「ん、今なんと?」
「……どうして私に、どこの馬の骨とも分からない私にここまでしていただけるのでしょうか?」
掠れた声を張り、私はナガノに率直な疑問を投げかけた。
「この金額に見合う価値があるとは、私には思えません」
「聡明ですねぇ。でもね〇〇さん、あなたは自分を過小評価し過ぎです。取るに足らない存在だと勝手に決めつけているのかもしれませんが、あなたが私たちの教団-トライブ-に入っていただくことで、相互の幸福が増幅されるのですよ。いわばその為の先行投資と思っていただければ」
もっともなことを言っている風に聞こえるが、彼女の説明は具体性を著しく欠いていた。
言う気がないのか、言う必要がないのか。
あるいは――何か裏があるから詳細を言えないのか。
湧いた疑念は疑惑へと変わり、あれよあれよと警戒心が高まっていく。
この時の私は、現金を叩きつけられた初動こそ狼狽してしまったものの、次第に冷静になっていった。
(罠だ。これは罠だ)
DeathNote最終話の夜神月ばりに叫び出したかったが、事はまだ取り返しが付かない状態にまではなっていない。
幸いにもあの時の彼ほどに今の私は追い詰められていないし、最終的に命を奪われる暴力にさらされている訳でもない。
だがこれより先、そうならないという保証も同様にされていないのだった。
「ナガノさん」
「はい。何でしょう」
「私は当初、会った時から貴方の事を疑ってかかっていました。が、どうやらそれは杞憂だった様だ」
「おぉ! ということは??」
「返答は本日この場で、それも前向きな内容でしたいと思ってます。けれども、突然の出来事で気が動転していまして……。内心混乱しているので、トイレで顔を洗ってきます。それと喉も乾いてきた。悪いんですけど、アイスコーヒーを注文しておいてくれませんかね」
「良かったです! トイレはあちら、入り口から向かって左の奥にありますよ。行ってらっしゃい」
にこやかな表情で手を振り私を見送りながら、店員にオーダーをするべくナガノは呼び鈴を押した。
きっと彼女は私が肯定的な回答をするのだと安堵したのだろう。
しかし私にそのつもりはなかった。
(逃げなければ)
その一点のみを考え行動するしか、当時の私に選択肢は残されていなかった。