※これは事実を元にしたフィクションです。登場する個人名・団体名などはすべて架空のものなのでご留意ください。
19時を過ぎたが、ナガノが訪れる気配はなかった。
これまで毎週、木曜日の13時ぴったりに来ていた実績があったのにもかかわらず。
私は普段よりも前倒しで業務を進め、18時過ぎには日報を出し終わっていたので、なかば肩透かしを食らった気分になっていた。
(何かトラブルがあって今日は来ないんじゃないだろうか)
文庫本を流し読みしながら淡い願望に縋ろうとするも、しかし20時前頃にチャイムが鳴った。
「すいません、野暮用で来るの遅れちゃいました! ごめんなさい!!」
駆けてきたのだろうか、額にうっすらと汗をかきながら、ナガノはそんな風に詫びを入れてきた。
「大丈夫です。それと、お恥ずかしながら部屋が散らかっているので、近くの喫茶店でも構いませんかね」
「はい! 無問題です!」
施錠をし、自宅から歩いて数分の場所にある全国チェーンの喫茶店へと歩いていく私と彼女。
(なるべく早く終わればいいのにな……晩御飯もまだ食べれていないのだし)
私はそんな漠然としたことを考えていたのだが、それらを吹き飛ばす重大なアクシデントに見舞われることになる。
「申し訳ありませんが、新型コロナの影響により本日は20時までなんです」
喫茶店のドアを開けると同時に、店員に注意を促されてしまった。
(あっ……そうかマンボウだから……)
京都府全域が、恐らくは月末までの間、大半の飲食店が早めに閉まってしまうという事実をすっかり忘れてしまっていた。
「あちゃー。これじゃあどこも無理っぽいですねぇ」
困った困ったと首を動かしているナガノは、言動とは裏腹に至極楽しそうだ。
まるで想定内だと言わんばかりに。
問題が先延ばしになってしまうとはいえ、話を聞く場所がなければどうしようもない。
停滞を促すかのように、ぱらぱらと小雨も振ってくる始末。
「折角都合を付けていただいたのに悪いのですが、別日に改めるということで――」
私は彼女へそんな提案を行ったのだが、
「幸い私ってば今日クルマで来てて、しかも20時以降でもやってるお店知ってるんですよね」
「…………はぁ」
希望は一瞬で打ち砕かれた。
ご丁寧に、今しがた入店を断られた喫茶店に併設する駐車場に、ナガノの車は止められていた。
ロワールブルーカラーのランドローバー。
パッと見イカツい印象を抱かせる車体の助手席へ、私はやむなく乗り込んだ。
「〇〇さんはもう夕食済まされましたか?」
「いえ、まだです」
「そうですかー。折角なのでご馳走しちゃいますよ。ほら、遅れてしまった穴埋めも兼ねて」
「はぁ」
「良かったです! ふふっ」
慣れた手つきでハンドルを切る彼女を横目に、私は幾ばくの疑念が沸き起こりつつあった。
(まさか店が閉まるのを見越して遅れてきた、というのは考え過ぎだろうか)
(準備が良すぎるし、こうなるように誘導されている嫌いがある)
(そして私は一体、これから何処に連れていかれるんだ?)
はたして、20分程車を走らせた後。
私は部外者として、未知なる領域へと足を踏み入れる事になるのだった。