※これは事実を元にしたフィクションです。登場する個人名・団体名などはすべて架空のものなのでご留意ください。
令和4年、某月最終日。
その日私は18時ぴったりに業務を終え、ナガノとの対決に向けて英気を養っていた。
19時ちょうど、玄関のチャイムが鳴る。
「こんばんわ」
「………………」
「えっと。それじゃあ行きますか」
「あぁ」
この日の彼女はいつもと違いどことなく不愛想で、そして真っ黒な眼帯を付けていた。
肩を並べて歩きながら、KBF(※決戦のバトルフィールドの略)へと向かう。
時折真横を伺うも、彼女はそれらしき反応を何も示さず終始無言であった。
程なくして最寄りのファミレスに到着し、ドリンクバーを注文したタイミングで私は本題を切り出した。
「組み合わせを宣言した後の変更は不可で、選んだ2枚が配られるまでの間あなたがカードに触れる事は禁止とします」
「分かった」
追加でルールを付け足すも、唯々諾々と彼女はそれに従っていた。
4枚のエースをシャッフルし、切り分けた山の上に配置し終える。
「それでは、選んで下さい」
「………………」
彼女は無言のまま、②と④を指さした。
スペードとクローバー、すなわち黒同色のペアである。
「OK。左から二番目と、一番右側ですね」
易々と1/3を通してくる運の強さに内心舌を巻きながら、私は指定された山の上にそれぞれ両手を置いて彼女へと確認をする。
右手で④の山を覆い隠すとほぼ同時に、一番上のカードとその下にあるカードを瞬時に入れ替える。
④のクローバーがDのハートに変更されたことで、本来黒同色ペアだった組み合わせは黒赤の異色ペアへと書き換えられた。
そして私がカードを配ろうとした瞬間、
「待て、③と④だ」
制するように彼女はそう言った。
「あの、前もって説明をしましたよね。カードの組み合わせを決めた後に変更は不可って――」
私の物言いに臆さず、彼女は目を細めて反論を述べてきた。
「違うな。先程お前は“組み合わせを宣言した後の変更は不可”だと言った」
「あたしは指さしただけでまだ口には出していない」
(へぇ……そう来るか……)
私は思わず感心してしまう。
確かに彼女の言う通りだった。
というか私が言ったルールに則すれば、彼女の言い分は至極真っ当な内容である。
ものの1分前に私から言ったことを即座に覆しようがなかったし、前言撤回は困難。
更に不幸なことに、すり替えによってDのハートが④の位置へと移動し、今や赤同色のペアが成立してしまっていた。
「ッ……!」
私はこれでもかという程に悔しそうな表情を浮かべ彼女を睨みつけながら、
テーブルに視線を落とさず左手のみで③のダイヤとCのスペードを入れ替えた。
「どうした? 気分が優れないように見えるが、体調でも悪いのか?」
ニヤニヤと笑ったままの彼女は、どうやら2回目の入れ替えには気が付いてなさそうだった。
それもその筈、私が何かしてくることを事前に察知していたが故のキラーパスが見事に決まったと思い込んでいるのだから、当然だろう。
(危なかった……。両手共に練習しておいて大正解。備えあれば憂いなし)
既に相手は組み合わせを宣言してしまったために、もうこれ以上の変更は許されていない。
「ほ、本当にいいんですね?」
やや過剰気味に声を震わせながら、私は彼女へと再確認をする。
「あぁ③と④だ。さっさと渡してくれよ」
負けが確定していることを知る由もない彼女は、余裕たっぷりにそう答えた。
「分かりました。では、どうぞ……」
私は③と④(厳密には入れ替えたCとD)のカードを彼女へと渡す。
2枚のカードを手に取り、裏面を背にして表面を確認した彼女の表情から、笑みが消えた。