※これは事実を元にしたフィクションです。登場する個人名・団体名などはすべて架空のものなのでご留意ください。
毎週決まった時間に押されていた玄関のチャイムはもう鳴らなくなった。
いわば勧誘が消滅し――これからは要らぬ心労をかけなくてもよくなった、ということなのだが。
煙草を咥えながら、私は自分の中での考えを整理していく。
・バーベットの相手はナガノ本人だったのか?
結論から述べると、対決当日の彼女は別人だったのだと思う。
真っ黒な眼帯を付けたあの女には、ナガノと明らかに違う部分が、一点だけあった。
初遭遇の時も、関係者の巣窟であった喫茶店に連れていかれた時も、ナガノは私に比べ頭一つ分低い身長だった。
しかしあの日の彼女は私とほぼ一緒の高さを有していた。
ブーツやハイヒールの類は履いていなかったし、たかだか一週間でそこまで身長を伸ばす成長期でもあるまい。
骨延長という方法があるにはあるが、それは考えづらかった。
思い返してみれば玄関を開けた時から違和感はあったのだが、彼女はあまりにもナガノとうり二つの顔をしていたので認識が追い付かなかったのだと思う。
あるいは当日の私が年甲斐もなく奮起していて、アドレナリンが出っぱなしだったからかもしれない。
“あの子”という言動から、双子の姉……みたいな線が妥当だろうか。
真相は闇の中である。
・エースをジョーカーに変えたタネは?
先に言い訳をしておくと、私が推理したこの方法はそれなりに突飛というか、絵空事度合の高いものとなってしまっている点にご了承をいただきたい。
ある筈のないジョーカーがテーブルに置かれた時、私は不可能だと信じて止まなかった。
が、実はそうではない。
“私が用意した52枚のエース4種で構成されたトランプの山の中からジョーカーは入れ替えれない”という前提条件は間違っていたのだ。
彼女が義眼を取り出ししゃぶり始めるという奇行に走った際、意表を突かれた私は相手の顔に注視せざるを得なかった。
そんな状況を作り出している隙にあらかじめ用意していたジョーカーをテーブルに置いたのではないだろうか。
彼女が去った後、ジョーカーを確認したが、カードの裏の模様は私が用意したトランプと一緒だった。
近所の量販店で売っている、ありふれたトランプ。
何故それを用意出来たのか。
恐らく私は彼女にずっと監視されていたからなのだと思う。
私が自宅とする賃貸マンションの周囲には、それこそいくつもの建物が点在している。
経路は不明ながら住所を知られているのだから、四六時中見られていれば(むしろナガノに勝負を切り出された30分後には私は買い物に向かっていた)当日に何を仕掛けてくるかある程度予想が付いた故に……ではないだろうか。
尾行されていたかどうか思い出そうにも、そもそもがその可能性に至っていなかった為、完全に迂闊だったと反省している。
念の為室内に盗聴器や監視カメラが仕掛けられていないか調べるも、流石にそこまでされていなかったので安堵した。
※コンセント内部・延長コードや電源タップ・室内灯・電気/ガスメーターなどが多いので注意。
「………………」
一通りまとめ終わったが、にしても確信の持てない部分が多すぎる。
考えるだけ無駄だと捨て置いてしまおうにも、気味の悪さはぬぐい切れない。
結局私は、時間が解決してくれるだろうと諦め、この件に関しての嗜好を放棄することにした。
字数に直せば1万文字弱の短編小説のような有り体な災難は、一旦幕を閉じるに至った。
ただし残念ながら。
本とは違って人生は死ぬまで終わらない。
あくまでこれは邂逅に過ぎず――この先私は更に彼女らと深く関わってしまうことになるのだった。
【了】