宮園クランがなんやかんやで小説家になるまでのブログ

凡そ社会的地位の無い30代男性が小説家を目指す為のブログ

【不定期連載】新説・笠地蔵 -3-

・前回

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結局その日は。


儂の手製の笠は結果として、たったの一つも売れなかった。


手ぶらで帰る訳にもいかず、途中寄り道をしながらも家路を急ぎ、家に到着したのは日付がぎりぎり変わるか変わらないかの瀬戸際であった。


草履を脱いで玄関から敷居を跨(また)ぐと、十二単の豪奢な着物を纏った土岐子が囲炉裏の傍へ鎮座していたので、仕方なく儂は声を掛ける。


「ただいま。なんだ、まだ起きていたのかい土岐子や」


「あなた肉は持って帰ってきてくれたのでしょうね私ってば睡眠時間を削ってまでして待ったのよ待ちに待ち続けて待ち呆けてしまうくらいには待ちわびていたのよねぇ肉はどこにあるの早く肉を私に頂戴な早くねぇ早く早く早く早く」


表情を一切変えずに胡乱な眼差しを携えて、これ以上は堪えられないと言わんばかりにねだり続ける嫁を片手で制し、儂は麻袋より肉とは異なる別の物を取り出した。


「すまんな長いこと待たせてしまって。大丈夫さ、心配せずとも肉は手に入れた、なるべく早く支度を済ませるから、それまでこれでもやっておいてくれんか」


硝子の一升瓶。


中身の液体はいわゆる日本酒である。


眼前に現れた物が予想外であったのか、土岐子は一瞬だけぴたりと口を閉じ催促を止めたかと思うと、激しく両手を動かし、床を叩き始めた。


「酒ぇ! 酒、酒!! 呑む、呑みたいっ! 頂戴頂戴頂戴!!!」


ばんっ、ばんばんっ、と。


煤けた木目の床が、拳を叩きつけるのに同期して、ぎしぎしと軋んだ音を立てる。


「これこれ、暴れなくとも逃げやしないよ。さぁ、まずは一献……」


なみなみと注いだ容器を土岐子へと差し出すが、そちらは受け取らず、瓶をひったくるようにして奪い取り、そのまま彼女は喇叭(ラッパ)飲みにて日本酒を堪能する。


「ぐびぐびぐびぐび…………ぷっ、ハァ~! あぁあぁ……おいしかっ――」


両手で瓶を抱え、幸せそうな表情のまま、土岐子はばたりと仰向けに倒れ込んだ。


「ふぅむ。少々量が多かったか、まぁ大丈夫だろう」


嫁が寝息を立てているかどうかを油断なく確認した後、儂は箪笥から煙管を取り出し、乾かした煙草を先端に詰め込み、一服をしながらそう呟いた。



土岐子は蟒蛇(うわばみ)が如き、酒豪である。


もはや中毒だとか依存症だとか言う表現すら生ぬるい、恒常的に酒を摂取し続けなければ暴れ出すほどの、酒愛好家である。


一滴舐めれば赤顔し卒倒してしまう下戸の儂にとって酒とは無用の長物ではあるのだが、無いが故に生ずる土岐子の破壊衝動によって事あるごとに家具や日常雑貨を破壊されては堪らないので、普段は自家製の果実酒にて工面を行っており(言うまでもなく御上に密告されれば打ち首獄門の犯罪である)中でも際立って好物である日本酒に対し、彼女はやはり冷静さを欠いたようであって。


ならば何故、酒精への強靭な耐久力を持つ彼女が只の一口で参ってしまったのかと言うと、その解は至って簡単だ。



あらかじめ先に瓶の蓋を開け、儂が一服盛ったからである。



吉草根の茎を火で炙り、溶け出た水分を天日干しにて乾燥させ、すり鉢で粉末状にした物を前もって、日本酒が入った一升瓶に混在させておく。


これは体内摂取の後に著しく睡眠効果をもたらす薬であり、ともすれば劇薬に匹敵する程の即効性を持ち合わせてはいるが、以前は一週間もの昏睡状態から立ち直ったのだし、愛するべき嫁ならばきっと平気だろうと、儂はほくそ笑む。


(三日。いや――少なく見積もっても、これで二日は猶予が出来た)


ぷかぷかと煙を口から吐き出しながら、儂はこれから先どうやって金を作るかを思案する。


(売り物は五つの笠のみ。明日はもっと早く町へと訪れ、場所を変えて粘ってみよう)


それでも笠が一つも売れないという最悪の事態を想定した場合、儂自らが狩りに赴かなければならない。


が、それによってまた怪我を負うのも癪であったし、言わずもがな酷く成功率の低い手法が故に、なるべくならば実行したくない手段ではある。


(大丈夫さ。きっと上手くゆく。お天道様が何とかしてくれる。今日はもう寝よう)


昼に食べ損ねた握り飯を口に運びながら、決意新たに儂は明日へと望むことにした。



具材である昆布が腐りかけていたのか、鼻を突く苦みと臭みが、思いのほか鬱陶しかった。



【続く】


・次回・

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