・前回・
神無月の半ば、みぞれ雪がちらほらと降る中、儂はどこか居心地の悪い気分を拭いきれないまま、粛々と山道をゆく。
(どうにも釈然としない……うまく行きすぎではないだろうか)
酒屋強盗殺人事件の容疑者として紛糾される窮地を辛くも脱したのかもしれないが、あまつさえ儂自身の労力をいとわずして、目当ての肉に加えて大量の金までも手に入れてしまう顛末。
怖いくらいにとんとん拍子であった。
叶芽と別れた後、度々何処からか複数の視線が向けられているような感覚すらあって――まぁこれは被害妄想の為す所業かもしないが……。
得も言われぬ不安定な足取りにて帰路に就く儂は、ふと両足を止め、辺りを見回すと。
銀杏木が群生する、川のすぐ傍――七体の地蔵が鎮座する場所へ、儂は辿り着いていた事に気が付いた。
(気をもんでいたか、再びこの場所に来てしまっていたか)
仲良く横一列に並んだ地蔵らはというと、先日手入れをした甲斐もあって、比較的汚れていない様に見えた。
(とはいえ寒そうじゃの……とっ、そうじゃ。供え物は無いが、折角だしこれを――)
溶けて冷水になった雪を袖口で拭いながら、儂は地蔵らへ一体づつ売り物であった笠を被せていく。
もはや今の儂には必要が無い為、ささやか過ぎる施しに他ならなかったのだが、売り物を差し引き二体足りない分は、儂自身の傘と手拭(てぬぐい)を代替品とし、全ての地蔵が雪を凌げるであろう状態にまで持っていった。
両手を合わせて一通り祈ってから、儂はその場を後にした。
(なんとも都合の良い、浅ましい男じゃ……我ながら嫌になる)
吐き捨てるように己を唾棄するに至ったのは、やむを得なかった。
なぜならば、人は。
人という種は、計り知れないほどに身勝手であるからだ。
無神論者でこそないにせよ、儂には傾倒する特定の宗教はありもしない。
そんな儂が行う神頼みという行為はともすれば――窮状を脱するに望む我が儘のようなものであるのだろう。
持つ者と持たざる者を分け隔てる“富”という概念。
日々生活を送る上で実質的な機能を全く有していない貨幣が多いか少ないかという差だけで、人は安易に暴力に走り、最悪であれば殺しが発生する。
つい最近一家惨殺の場に出くわしこそしたものの、立場が違えば儂も同様の凶行に及んでいた可能性は、零とは断言できないのだ。
欲して止まなかった肉のみならず、思わずして手に入れた大量の貨幣を懐におさめた儂は、この時少なからず浮足立っていたのだと、思い返せばそう感じられる。
だからこそ、余裕があったからこそ、儂は地蔵らへ笠を捧げたのだろう。
真なる心の平穏など――砂上の楼閣だ。
満たされた者の気まぐれがその二文字に置き換わっただけ……圧倒的な最大多数を占めるあろう対なる満たされない者達には、“譲り合い”などはけっして無く“奪い合い”しか有り得ない。
(かといって。やらない善よりやる偽善じゃて)
半ば無理矢理に、出鱈目な反証意見にて不毛な感傷を打ち消したところで、儂はいよいよ帰路を急ぐ為、おもむろに足を早めた。
それから半日もしないうちに全て“以上”を失うなんて――予測出来るべくもなく。
【続く】
・次回・