残すところあと半年もすれば32歳になってしまう、加えてもう10年近く彼女がいない事を危惧してか、焦った僕は停滞する実情に一石を投じて波紋を起こす為の計画を、ついに実行するに至った。
巷で流行の、いわゆるマッチングアプリである。
学生自分、ゆきずりの関係を求めるが故に何度か利用したこともあるのだが、今回はそんな下賤な目的で使う訳でなかった。
ちゃらんぽらんな気持ちではない。
それだけは確かだった、のだと思う。
色々と下調べを済ませて、ピックアップしたものに登録をし、いよいよプロフィール作製へと着手をする。
特に、自写真についてはかなり念入りに、何度も取り直しを行った。
僕はどちらかといえば不細工で、年相応に見られないので、時間をかけて納得のいくモノを作り上げた。
被写体が優れてさえいればだが、本来かけなくても良い手間を目一杯かけたのだ。
容姿が優れていないのは、紛うことなきハンディキャップであるだろうし。
そうこうするうちに準備が整ったので、続けざまに僕は次の段階へと移行する。
最も重要な、ターニングポイント。
実際に友人に聞いた、必勝法という奴だ。
何をもってして勝ちなのかは当事者たる本人がよくわかっていないながらも、曰くーーアプローチの確率を高く確立させる手法の一つである。
RPGゲームであれば、強い装備を用意すれば、道中の戦闘が容易になるであろう事は言うまでもないが、言い方を変えればそれに近しいものがあるのかもしれない。
つまりは、プロフィールの強化。
僕が利用したアプリには、ツイッターにおける〝いいね〟の機能があり、美男美女は必然的にそれの数が3桁を超えるのがステイタスであり、数が多ければ多いほど、第三者からの検索による目に留まりやすいらしい。
前述の通り醜悪な顔面偏差値を誇る僕にとって、何もせずとも他者からのいいねなんてものはもらえるべくもないだろう。
ならばどうするか。
〝貰える可能性〟を増加させる為には、どうすれば良いのか。
返報性の原理をご存知だろうか?
人は他人から受けた施しに対し自らも何らかの行いで応えようとする、商い事に倣う者であれば一度は耳にした事があるのではないだろうか。
要するに、これをマッチングアプリ上で応用してやるのだ。
絶対なのかどうかは分からないながらも、基本的にこの手のパートナーシークソーシャルメディアでは、女性は重宝されがちである。
選ばれる側よりかは選ぶ側に比重があるので、男性に比べて利用における費用がほぼかからない。
が、それでも自ら積極的でない女性はままおり、いいねの数が少ない女性も、多く存在している。
それらに対し、ひたすら僕の方からいいねを連打していくのだ。
するとどうだろう、押した相手から面白いようにいいねが返ってくる。
重ねて返報性の原理、である。
勿論これには〝いいねの数が少ない女性を探す〟時間と〝いいねを押す為に掛かる〟費用が発生するのだが。
しかし。
しかし、だ。
背に腹は変えられない。
なりふり構っては、いられないのである。
晩秋より冬へ変わる過渡期の今、寂寞たる孤独感は高まる一方なのだから。
異性と接点を持ちたい。
その為だけに、僕はしゃにむにスマートフォンと睨めっこをしながら、タップを繰り返してゆく。
暫くして一段落した辺りで、ダイレクトメールが送られてきた。
送信主である、Qさん(仮名)のプロフィール画面へとリンクを飛ぶ。
27歳、独身、職業事務員、趣味はガーデニング。
健康そうな肌色をした、滅紫(けしむらさき)のロングジレが映えている女性だった。
何度かやりとりをする内に、同じ近畿圏内なので会おうかという話になった。
トントン拍子である。
はっきり言って、当時の僕は(といっても1週間ほど前な最近の話だけれども)かなり浮かれていたとも、思う。
ともあれ、約束していた10月26日の土曜日がやってきたのだった。
【中編に続く】
本日もお時間をいただき、ありがとうございました。