1
予測主である緋崎並びに、卵虫遣いの脳針が言及していた儀式とは、ありていに述べるならば、それこそ昔から緑夜叉村に根付く悪習の一つである。
国産・純血の魔術師である猫山犬海(ネコヤマケンカイ)が、その昔大きな争いに負け、敗走の末に訪れたこの地に築き上げた村にて、魔力を持たない人々が流入し血が薄まり時が流れるにつれて、強力な魔術あるいは魔力を有する者は「いずれ村に厄災を招く不吉」というレッテルが貼られる様になった。
村の存続を確固たるものとする為、白羽の矢が立った者は、村外より儀式の妨害者を遠隔で呼び出すことが可能である。
通常、何かしらの魔術の才覚がある者が呼ばれ訪れる事が一般的ではあったのだが、ここ五十年間は一度として、罪人を助け出せた者はいなかった。
罪人になった伽藍真衣は、此度の妨害者にとある青年を選び、緑夜叉村に呼び寄せた。
全く魔力を持たない――それこそただの人間である、白石天は既に5人中2人の番人を撃破し突破せしめている。
一人目の水汽は速攻によって。二人目の箒谷は対戦すらせずに。
それを良しとしなかったのか、あるいはちょっとした気まぐれであったのか。当事者にしか分からないにせよ、だ。
終門を守る最期の番人で、
今回の儀式の最高責務を担う裁人で、
現緑夜叉村最強の魔術師の称号を持つ、彼は。
妨害者の進撃を止めるべく、予定よりも遥かに早く、天の前に立ちはだかる。
2
「お初にお目にかかる、そしてこれが最期になるであろう」
惨の門へと歩みを進めている最中、四角に切られた石材が敷き詰められた広場のような開けた場所にて。
その男は現れ、天に声を掛けてきた。
「こんばんわ、俺は白石天という者です。あなたは」
「姓は断罪院、名は鉦告(かねつぐ)と言う。今回の儀式の妨害者である貴殿を亡き者にするべく、馳せ参じた次第である」
断罪院と名乗る眼前の男を、天は注意深く観察する。
顔に刻まれた皺を見るに、緋崎までとは行かないまでも、50~60くらいの年齢であろうか。淵の深い先が尖った帽子と、ペンキをぶちまけたような白色のまだら模様を散りばめた全身をすっぽりと覆う黒のローブは、西洋魔術師のイメージにぴったりであった。それに、
「本来であれば貴殿と合間見えるのはもっと先ではあったのだが・・・・・・なるほど本当に魔力を持たない人間なのだな」
ふむと首を縦に振る断罪院を見て、天は思う。
(なんだろう――この感覚は)
水汽との闘いで魔術を目の当たりにした際も、綺羅星とのゲームで負傷をした際も、危機感で満ち溢れていたのに。
眼前にいるこの男、何故こうも威圧感が無い?
というか、無茶苦茶弱そうに見える。身長だけなら170cmの天より少し高いぐらいなのだが、それを差し引いても一切負けるイメージが浮かんでこない。貧弱で脆弱で、若干どころか若しくは争う気持ちすら失せるぐらいに、全くと断言出来るくらいに脅威を感じない。
意識を向けられているだけで殺されるかもしれないと実感した脳針との対峙と比較しても、それはかなり不気味な感覚であった。
「話は変わるが、貴殿は卵虫遣いと対峙したのか」
「らんちゅうづかい?誰ですかそれは」
「あぁ失礼。外の人間に通り名は伝わらないのだったな。脳針という男と会っただろう?」
「あの人男なんですね。確かに一人称は“おじさん”とかおっしゃってましたが」
「見た目こそ齢20代の青年ではあるが、実際あの男は我輩よりも更に年上だ。緑夜叉村では知らぬ者はいない、数少ない純正の魔術師である彼はな。またの名を“ミートリウム”と言う」
「それは、なんとも物騒な仇名をお持ちなのですね」
直訳するならば“肉槽”になるのだろうか。なるほど、それならばあの殺気にも納得はいく。
「あの者と会って生存している魔術師は、我輩を除き極々一部しか存在していない。なのに貴殿はみたところ無傷である。この事実が如何に危なっかしいものであるか、はたして分かっているのか?」
「いやいやいや。とはいえ死にかけたっちゃあ、死にかけましたし。それに負った傷も、脳針さんに治してもらったんですよ」
「魔術師殺しのあ奴が、どのような気まぐれで貴殿に目をかけているのかは分からんが――それでも魔力を明け渡している感じはないようで安心したぞ。なぜなら、心 置 き な く 嬲 っ て 殺 せ る の だ か ら 」
不意に、天の両足が軽くなった。
裁人である断罪院鉦告と、妨害者である白石天との、一方的過ぎる闘いの火蓋が切って落とされた瞬間であった。
3
断罪院の姿が、視界の上へと上昇する。
天は何が起こったのか分からなかった。分からなかったが、数秒後受身を取れずに腰をしこたま打ちつけた痛みと共に、理解する。
自分を中心とした10メートル四方の地面が、音も無く突然消失した。
起き上がり、見上げると空には都会では見ることの叶わない星の光が瞬いている。断罪院の姿は下からでは視認出来なかった。
体制を整え立ち上がり、視線を平行に戻した際、土の壁から男の顔が生えていた。
「ヂッヂヂ。オマエ死んだゾ。こうなったらもう終わりダ。苦しんで死ぬゾ。身悶えて死ぬゾ。ヂッヂヂ」
顔の半分を覆うゴーグルに、げっ歯類を思わせる大き過ぎる前歯が印象的な男が、不快な笑い声に合わせて呪いの言葉を吐いてくる。
二人がかり、であった。両者の能力は未だ判別できないながらも、この状況は良くない。そう考えた天は敵を無力化するべくショルダーバックより武器を取り出そうとしたのだが、
そこには火矢が刺さっていた――!!
(何ぃいいいいいいいいい!?!?)
断罪院との距離があり攻撃手段が無かった為、テーザー銃(※有線の電極が空気圧で射出されるスタンガンの銃版のような武器)を取り出したかったが、たまらず天はフエルト製の人形のみを取り出し、力に任せて燃え始めているバッグを壁の男の顔面に向かって投げつけた。
命中の瞬間、ひょいと男は壁へと引っ込みすんでの所でかわす。そして地面へと落ちたショルダーバックは火の勢いを増していく。
「ヂッヂヂ。はずれハズレ。それよりいいのカ?オレなんかに構っている余裕なんぞ、オマエには一縷(いちる)も無い筈だぜェエ?」
天より右方、かなり離れた別の壁から、男の顔が覗いている。どうやらこいつは土中をモグラの様に自由に移動できる能力を持っているようだ。
(人形に引火しなかったのは幸いだが、これってかなりピンチじゃないか?)
バッグはまだ燃えている。それなりに広い空間とはいえ、穴の中なので酸素量は限られている。加えて地上に上がる手法が今の天は持ち合わせていない。簡易の縄梯子もあるにはあったが、肝心のそれはバッグの中に仕舞われている。
(人形一つ。サバイバルナイフ一本。さてどうする・・・・・・って、ん?)
自らが有する少な過ぎる手段を確認し、再び顔を上に向けると、そこには先程の星空は影も形も無かった。
代わりに大きな鏡が天が落ちた穴をぴったりと塞いでいる。
閉じ込められた、思わず舌打ちをする。そして、いつの間にか周り全てが鏡面にすげ変わっている事にも気がついた。
燃えるバッグに照らされて、自信が光の反射により何人も何十人にも映し出されている。困惑している天を他所に、変化し続ける状況の加速は止まらない。
がぃん・・・・・・・・・がぃん・・・・・・・・・がぃん・・・・・・・・・がぃん・・・・・・・・・がぃん・・・・・・・・・がぃん・・・・・・・・・
どこからか、音が聞こえてきた。
重たい何かが、ぶつかり反射を繰り返すような、音がこだましている。
がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・
ぶつかる感覚が短くなり、そして音の大きさも増してきた。
がぃん・・・がぃん・・・がぃん・・・がぃん・・・がぃん・・・がぃん・・・
(どこだ、どこから来る?上か、下か、左右か、それとも後方か――??)
迎撃するべく辺りを見回す天。それと同じく、鏡面に映る鏡像も同様の動きを見せる。
がぃん!がぃん!がぃん!がぃん!がぃん!がぃん!
激しさを増していく反射音。
天は、てっきり鏡面を突き破って何かが飛び出してくるのかと予想をしていたのだが、その斜め上をいく結果が、彼を待ち受けていた。
鏡面。光の反射が映し出す鏡面に。ソレは居た。
頭部と四肢の先端を布で覆われ縛られている、それ以外には一糸もまとっていない裸の人間の身体が、至るところをぶつけながら、鏡面の内部にて移動している。
(なんだこいつは?)
天がその存在を認識したと同時に、全身を殴打しながら反射を繰り返すそれは、鏡面より音も無く飛び出し、物凄い勢いで天へと向かってきた。
(!!・・・・・・・・・え?)
思わず左目を瞑り、身を屈めてかわした。違う、自分は本当にかわせたのか?
突如向かってきたスピードに対応できず右半身のどこかしらへ、確かに接触したはずだ。
だのに、ぶつかった感触はない。いつの間にか音も止んでいる。
そして、天は自らの異常に気づき生理的な反応で絶叫した。
「いっ――――――痛ぇえええええええ!!!!」
実体を持たない人間とぶつかったと思っていた箇所が、びっしょりと濡れていた。服の下、生身の部分が焼けるように痛い。
ジャケットの部分は色が落ち変色している。肌に触れた部分が、隙間なく満遍なく針を刺したような激痛を伴う。
たまらず服を脱ぎ、濡れていない部分で右腕を拭う。短時間であったものの、天の皮膚は爛(ただ)れてしまっており、空気に触れるているだけでも、痛みは治まる気配を見せなかった。
(酸か!?いつ当たった!?くそっ、早く水で洗い流さないと!!!)
成分は不明ながらも、何らかの薬品を被ったのだと天は推察する。推察したのだが。
がぃん・・・・・・・・・がぃん・・・・・・・・・がぃん・・・・・・・・・がぃん・・・・・・・・・がぃん・・・・・・・・・がぃん・・・・・・・・・
がぃん・・・・・・・・・がぃん・・・・・・・・・がぃん・・・・・・・・・がぃん・・・・・・・・・がぃん・・・・・・・・・がぃん・・・・・・・・・
間髪入れずに――二体の体躯が――鏡面を踊り跳ねていた。
がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・
がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・
反射音の感覚が狭まっていく。そして対策を打とうにも、相手の魔術の原理と正体とが掴めない。
がぃん・・・がぃん・・・がぃん・・・がぃん・・・がぃん・・・がぃん・・・
がぃん・・・がぃん・・・がぃん・・・がぃん・・・がぃん・・・がぃん・・・
なす術の無くなった、天は。
がぃん!がぃん!がぃん!がぃん!がぃん!がぃん!
がぃん!がぃん!がぃん!がぃん!がぃん!がぃん!
「やられっぱなしは性に合いません。少しばかり危険ですが、やるしかないみたいですね!」
鏡面より実体化した二体の骸が向かってきた刹那、手製のフエルト人形の首を千切って、天井に向けて投げつけた。
4
爆音が。つんざくほどの炸裂音が、周囲の空気を揺らした。
背を丸めて爛れた右腕を抱えるようにして、天はうずくまった。手製の爆弾により割れた鏡の破片が、幾ばくか背中に刺さる。
見上げると、そこには断罪院が星空を背にして立っていた。
否。先程まで鏡面が存在し、天が投擲した爆弾により消失した穴の入り口に、浮いている。
「花火で遊ぶには時期尚早だと思うのだがね。にしてもどうして、中々物騒なものを隠し持っているんだな。いやはや、危なかったよ。肝を冷やした」
云って、断罪院は右手をかざし、降りおろした。
瞬間、天の左腕に等間隔に鉄製の弓矢が突き刺さり、肉を裂き貫通していた。
「がぁぁあああああああああ!!!!」
「男子たるものこれぐらいで叫び声を上げるとは情けないぞ。だが我輩は油断はしない。完膚なきまで貴殿を破壊し尽くす」
手のひら・手首・肘・肩と、等間隔に刺さった弓矢の傷みにまたも絶叫している天を見下し、断罪院は同じ様に左手をかざして、また降ろす。
両足の膝から下を、斧が切断した。体重を支えきれず、そのまま地面に突っ伏す形になる。
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!ああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
凡そ生きてきた中で出会ったことの無い、痛みが激痛が、悲痛な叫びと共に、全身に駆け巡っていた。
「攻の手段である腕と、避の手段である脚を壊した。うん?とはいえ貴殿が這ってこの地の底より這い上がって我輩の喉元に喰らいついてくる可能性だって、零ではないな。念には念を、全身を溶かし尽くしてやろう」
足元より流れ出づる止まる事のない大量の血液。痛みは今やおぼろで、なんだかとても寒い。全身が痺れる。
限りなく明確になる死の実感。
俺はここで終わりなんだなと、諦めにも似た感情が天に渦巻く。
『えぅご こんふらんどぅむ くぉどどぉみねた えとずぱぁいむねた えとびぃべんてむびべれ でぃすそるびすてぃおむねす』
断罪院の詠唱と同時に、割れて無くなった天井以外の鏡面内に3体の骸が現れた。反響音はもはや満身創痍の身である天の耳には届いていない。
『もりぇとぅる もりぇとぅる もりぇとぅる もりぇとぅる にひりしぃね ぬぅんくぅたうだ』
意識が途切れるか途切れないかの瀬戸際で、救えなかった彼女のことを思い、そして想う。
(いけると思ったんだけどなぁ・・・・・・ごめん、俺ここで死ぬみたい)
『業魔秘術、熔溶怪解-メルトスクリーム-』
鏡面より実体化した骸が空中でぶつかり、突っ伏した天へとおびただしい量の液体が降り注いだ。
5
それから2時間が経過した。
従者である道理がつくろった穴の体積およそ三分の一を満たした水面に、とうとう泡が沸かなくなった。
それを見て、満足げに断罪院は立ち上がり、他の番人が待つ番所まで引き返す。
白石天。罪人である伽藍真衣を救出するべく彼女が召集した、この度の儀式の妨害者。
彼を構成する肉という肉が。
彼を構成する骨という骨が。
彼を構成する血という血が。
まとめて残らずのきなみ総じて、全てが全てを一切合切、この世にあった存在という存在が溶かし尽くされて。
志半ばのまま、天は死亡した。
[White Stone Heaven] is Dead!Dead!!Dead!!!
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