宮園クランがなんやかんやで小説家になるまでのブログ

凡そ社会的地位の無い30代男性が小説家を目指す為のブログ

だからもう僕は二度とキャバクラへ行かない。

蝉の鳴き声がかすかに聴こえて来るものの、少し肌寒くなってきた初秋の夕方、たまたま早く仕事が終わった僕はNに電話を掛ける。



「早く仕事終わったしスロ行かねぇ?」



「奇遇やな俺もやわ。難波でえぇか」



おkと返事をし、関西圏有数の繁華街で落ち合う。時刻は19時を少し回った所で、よく行くホールへ二人で談笑しながら足を運んだ。



幸いその日は珍しく二人ともが勝つ事が出来た。3時間弱の滞在にもかかわらず、座ってハンドルを握り続けていただけで、大金を得れたのだ。それも月給の半分程の金額を。



自然と頬は緩み、それでいて気が大きくもなる。メシを食らった後、その場の流れでキャバクラに行く事になった。



僕は従来からお酒があまり好きではなかった。且つキャバクラに一度も行ったことがなく、偏った知識しか持ち合わせていなかった。正直大勝していない普段の時分なら断っていたに違いない。違いないのだが幸い今日は懐が暖かい。Nに甘んじて結局行く事にした。



新大阪駅から少し歩いたその界隈は、週末の金曜日であることも重なり、人々でごった返していた。大半が僕らのようなサラリーマンか、或いはキャッチセールスの黒服であったが、路地裏に目をやるとポン引きらしい年老いた老婆の姿も見えた。



重ねて言うが僕は一度もキャバクラに行った事がないので、店の采配は全てNに委ねた。何件かある行きつけの店々より、初めてでも窮屈でない処をピックアップし向かう。



薄暗い雑居ビルの中をエレベーターで上がったその先には、煌びやかな照明に照らされた薄着の女性達で溢れている空間が広がっていた。それはテレビドラマで見た場面とほぼ相違なく、普段踏み入れたことが無い世界に、僕は只只圧巻されていた。まるで異次元だろ、と。



黒服に案内され、立派な肘掛を伴ったソファーに座る。二人なのになぜNと対面で別々に分けられたのかと疑問に思うや否や、横に女性が座った。



「はじめまして、私Y。よろしくね」



たおやかな胸元を強調したドレスに、満面の笑顔で名刺を差し出す女性を前に、僕はどうしていいかわからず、



「お世話になります。(有)ABC営業のクランです、宜しくお願いします」



と、会社の名刺を慌てて差し出す。きょとんとした顔のYは、数秒フリーズした後大笑いをしていた。文字通り腹を抱えて爆笑っていた。



「クランさん面白すぎっ!ウケ狙いでもそんな事した人いままでいなかったよー」



成人して5年も経つのに言わずもがな、緊張していたのだ。顔から火が出たかと思うぐらい恥ずかしかった。しかしそれもあって言い訳しながらもそれからの1時間弱の間、Yとは初対面にもかかわらず円満に話す事が出来た。普段は飲まないウイスキーも、心なしか美味に感じた。



Yから貰った名刺の裏にはラインのIDが書かれており、その日から他愛も無い遣り取りを頻繁に行うようになった。



現在Yはアパレル系のショップにてデザイナーになる為の勉強をしながら、夜はキャバクラで働いているのを教えてもらった。そもそもアパレル業界の月給は安く、店舗の在庫が売れ残るとキャストで買い取らなければならない悪習のせいで、生活資金が足りずにバイト感覚で入ったのが始まりらしい。



年は4つも離れていたが、明るくディズニーが大好きなYとラインをするのは心地良かった。文字や声だけでは物足りず顔を見たくなり、月に1~2回の頻度で店にも足を運ぶようになった。お互い時間が合えば、数回だがランチにも行ったり、アフター(お店が終わった後に店外で遊ぶこと)にも漕ぎ着けれた。



そんな蜜月を繰り返す中、年が明けた1月に事の発端は始まる。



「本格的にアパレルの勉強に専念したいから店を辞めることにする」



何の前触れも無く唐突に雷鳴が如く告げられたその事実に、おしぼりを三角に畳んで遊んでいた僕は、はっきり言ってかなり焦った。



趣味嗜好や仕事の愚痴を話すだけで、互いにプライベートについて全く関与をしていない。キャバクラで働くキャストと客の関係でしかなかった僕とYの関係が壊れる事に怯え、酷く不安を感じた。



「でも辞めた後に話したい事があるから、二人だけで一度あって欲しい」



「???」



何を言っているんだこの女は、と頭の中を疑問符が乱舞する。現にYには交際をしている彼氏がいる事実を知っていた。それもあってキャストと客より先へ頑なに踏み込む事を躊躇していたこの3ヶ月間の僕は、一体なんなんだよと。本当に訳が分からなくなった。



ともあれ、2週間後昼前に大阪で待ち合わせる事になった。場所は三角公園前、なんばである。思えばあの秋の日にスロットで大勝しなければ、Yと会うことも無かったし、30分後に絶望することも無かっただろう。






包み隠さず白状しよう。僕はYと付き合える気でいたのだ。









でも現実は残酷だった。












「クランさんには、夢ってあるのかな?」



小鳥カフェ(鳥獣を眺めながら味に伴わない高額なコーヒーやパンケーキに舌鼓を打つ喫茶店)にて、Yはいつもは見せない真剣な表情のまま、僕に質問をしてきた。



「んー、夢っていうのはないかな。今の仕事に精一杯で・・・・・・」



――――以下要約した内容を再現――――



「そうだよね。店来てお話しする時もラインでも、会社とか上司のグチとかすっごい多いもんね。でもさ、もしさ。もしだよ?将来仕事をしなくても、安定した収入があったら、夢とかやりたいことって、出てくるんじゃないかな?私にはあるよ!海外に渡って今よりももっともっと専門的な勉強して、いつか東京の丸の内に自分のブランドのお店を建てるっていう夢がね!!だから今のお給料が安い店舗で働くことも、夜キャストで入ることも、なにもなーんにも辛くないんだ!でもね、ほら前にも話したけどさ。睡眠不足で体調崩して夜入らなかった期間が一時期あってさ、その時考えたんだよね。こ の ま ま じ ゃ 駄 目 だ って!でね、同じ境遇の子がツイッターにいて悩みを相談したんだけど、すっごく簡単なお仕事を教えてもらったんだ!自宅で好きなタイミングで日常品のレビューをして、それをいいなぁ~って思った人がその商品を買って、代金の一部が入ってくるシステムなんだけど、もう本当すごいの!!何がすごいって私初めてまだ1ヶ月なんだけど、夜のお給料を越えるぐらい収入が入っちゃったの!!ぶっちゃけそれもあったからキャスト辞めたってのもあるんだけど、ほんと稼げるの!でね、クランさんにはよくお店の方にも来てもらってたし、お客さんの中では一番やさしくて仲良くしてもらってたから、一緒にどうかなぁって思って・・・ああ!違うの、怪しくないよ??そういうよくあるマルチビジネスとかと違って私が所属しているところは本当クリーンで様々な実績もあるし、心配しなくてもいいんだよ?不安なら私よりももっと上の幹部さんが開催している定例会を紹介してあげてもいいし、なによりクランさんに今より幸せに、そして豊かになって欲しいの。だからさ、もしよかったら私といっしょに副業として始めてくれないかな・・・?」






かなりの早口で熱弁され、それは圧巻の一言だった。






Yは純粋に僕の事を心配し、もっと楽になって欲しい一心で、誘ってくれたかもしれない。






僕は。この瞬間から。











「コノ目ノ前ニイル女ハ俺ノコトヲ金蔓トシカ見テイナイ故ニ今スグ関係ヲキレ」






そうとしか思えなくなった。すごく悲しくなった。笑顔で相槌を打っていたが、帰りの電車の中で少しだけ泣いた。



ラインをブロックし、電話番号も着信拒否にし、インスタのアカウントも消し、Yとの接点が結ばれないように処置を施した。



あれから数年が経つも、未だに彼女との再会は果たしていない。



あくまでこれは自信のみの経験であり、世の中のキャバクラで働いている女性がYと同等では無いことは明らかだし、ひょっとして彼女も嘘偽りのない100%の善意で誘ってくれていて、ただ僕が思考停止に陥り逆に彼女を傷つけてしまったのかもしれない。



でも、それでも。それでもショックだった。裏切られた気持ちで一杯になった。勝手に信じて、仲良くなったと勘違いして、ピエロだった自分が何よりも憎いし、耐え難く殺してやりたい。今でも思う。1ミリたりとも気持ちは変わっていない。






だからもう僕は二度とキャバクラへ行かない。






あんな厭な思いをするのはこりごりだから。



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